MASLD/MAFLD/NASH/MASH 完全整理:命名法変更と分類基準(2023 Delphi)
2023 Delphi consensusでNAFLD→MASLD、NASH→MASHへ改名。MAFLD(2020 Eslam)は別フレームワーク。4枠組みの分類基準・cardiometabolic criteria・MetALDサブカテゴリを創薬研究者向けに整理し、旧論文と新名称の対応を解説します。
はじめに:MASH時代の「名前問題」
「NASH→MASHに呼び方が変わった」だけだと思っていませんか。2023年6月のDelphi consensus1は、単なる呼称変更ではなく診断基準の再定義でした。従来のNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)は除外診断型("他の原因がない肝脂肪")だったのに対し、MASLDはcardiometabolic criteriaを1項目以上満たすという積極的(positive)診断型へ切り替わっています。
さらに紛らわしいのが、2020年にEslamらが提唱したMAFLD2。これはDelphi consensusとは別の枠組みで、採用学会・定義・用途がMASLDと異なります。創薬研究者にとっては、論文・臨床試験プロトコル・規制対応・前臨床モデル選定のすべてにわたって、「どの名称で何が定義されているか」を正確に追う必要があります。
本記事では、NAFLD / MAFLD / MASLD(MASH) / MetALDの4枠組みを、cardiometabolic criteriaと飲酒閾値を中心に整理します。非侵襲的診断バイオマーカーの詳細はMASLD/MASHバイオマーカー完全ガイドに委ね、本記事は「分類論」に集中します。
1. なぜ今 Nomenclature の刷新が必要だったのか
1.1 改名の3つの動機
2023 Delphi consensus1は、56カ国の236名のエキスパートが4ラウンドのオンライン投票と2回の対面ハイブリッド会合を経て合意した多学会(AASLD / EASL / ALEH 他)統合プロセスです。改名の動機は以下3点に集約されます。
- スティグマの排除: "Fatty"(脂肪の)や"Alcoholic"(アルコール性)という語は、患者に「不摂生の結果」という印象を与え、受診率・服薬アドヒアランス低下の一因と指摘されていました。"Steatotic"(脂肪沈着)という中立的医学用語への置換が求められました。
- 病態生理学的な精度向上: NAFLDは「アルコール性を除外すれば何でも」という曖昧な包括用語でした。肥満・糖尿病・脂質異常症・高血圧といった代謝機能不全(metabolic dysfunction)が病態の中心であることを名称に明示し、他の原因(薬剤性、ウイルス性等)と区別する必要がありました。
- 創薬と臨床試験のエンドポイント明確化: Resmetirom加速承認(2024年3月、商品名Rezdiffra、FDA accelerated approval)をはじめMASH治療薬開発が加速する中、規制当局(FDA/EMA)・スポンサー・治験施設間で対象患者の定義を統一する必要がありました。MASH薬の併用療法パイプラインと買収戦略が加速する現在、名称の統一は業界横断の要請でした。
1.2 年次タイムライン
| 年 | 出来事 | 影響 |
|---|---|---|
| 1980 | Ludwig J らが "nonalcoholic steatohepatitis (NASH)" を命名5 | NASHの概念確立 |
| 1986 | NAFLD(nonalcoholic fatty liver disease)が包括用語として浸透 | 除外診断型の定義 |
| 2020-03 | Eslam M らが MAFLD を提唱2 | 肝脂肪+代謝異常を基準とする positive criteria の先駆 |
| 2023-06 | Delphi consensus: NAFLD→MASLD / NASH→MASH1 | cardiometabolic criteria 1項目以上を必須化 |
| 2023-05 | AASLD Practice Guidance(Hepatology)公表3 | 旧NAFLD名での最新版(Delphi直前) |
| 2024-03 | FDA がResmetiromを "MASH" 表記で加速承認(Rezdiffra、accelerated approval) | 規制文書が新名称へ移行 |
| 2024-06 | EASL-EASD-EASO 2024 MASLD CPG公表(J Hepatol)4 | 欧州初のMASLD統一ガイドライン、MetALDを含む |
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2. NAFLD / NASH(legacy 1980–2023)
2.1 除外診断型としてのNAFLD
- 肝脂肪沈着 ≥5%(画像または病理)が基本要件
- 除外事項: 日常的な過度な飲酒(男性 >30 g/日、女性 >20 g/日)、ウイルス性肝炎、自己免疫性肝炎、薬剤性肝障害、代謝性肝疾患(Wilson病等)
- NASH: NAFLDのうちsteatohepatitis(脂肪沈着 + 小葉性炎症 + 肝細胞傷害/ballooning)を伴うもの。NAS(NAFLD Activity Score)≥4 または Kleiner/Brunt分類の組み合わせで診断。
2.2 NAFLDの運用上の限界
- "非"定義の脆弱性: 飲酒量の閾値(30/20 g/日)は国際的に統一されておらず、論文間で定義がぶれていました
- 代謝異常が暗黙の前提に: 実臨床では肥満・糖尿病併存が大多数なのに、診断基準は「非」アルコール性しか要求していない不整合
- 共存病態の扱い: 少量飲酒者・脂質異常症単独例等、代謝異常はあるが肥満がない症例の位置付けが曖昧
2.3 旧論文との対応
旧NASH動物モデル(AMLN食 vs GAN食、CDAHFD、MCD食等)を用いた前臨床論文は、MASHと読み替えて問題ないケースがほとんどです。モデル側の表現型(肝脂肪+炎症+線維化)は変わらないため、名称が旧くても生物学的妥当性は維持されます。ただし、臨床論文を引用する際は 2023年6月以前=NASH / 以降=MASH を意識して、本文中でのbracket注記(例: "[MASH (formerly NASH)]")を推奨します。
3. MAFLD(2020 Eslam consensus)
3.1 Positive criteria 方式
MAFLD2は、Metabolic dysfunction-Associated Fatty Liver Disease の略で、肝脂肪沈着があり、かつ以下のいずれか1つを満たすと定義されます。
- 肥満(BMI ≥25 kg/m² アジア人 / ≥23で可、または内臓肥満)
- 2型糖尿病
- 代謝機能不全の証拠(以下の7項目のうち≥2項目):
- ウエスト周囲長 ≥102 cm(男)/ ≥88 cm(女)
- 血圧 ≥130/85 mmHg または降圧薬
- TG ≥150 mg/dL または治療中
- HDL-C <40 mg/dL(男)/ <50 mg/dL(女)または治療中
- 前糖尿病(HbA1c 5.7–6.4%, IFG, IGT)
- HOMA-IR ≥2.5
- hs-CRP >2 mg/L
3.2 MAFLDとNAFLDの決定的な違い
- アルコール併存を許容: MAFLDは飲酒量閾値を設けず、ウイルス性肝炎や中等量飲酒との共存診断が可能。これがEslamらの最大の主張でした
- Dual etiology の容認: 「MAFLD + HCV」「MAFLD + alcohol-related liver disease」という重複診断を積極的に想定
3.3 採用状況と論争
- 採用: アジア太平洋肝臓学会(APASL)、ラテンアメリカの一部学会
- 非採用: AASLD / EASL(Delphi consensusでMASLDを優先採用)
- 論争: MAFLDのアルコール併存許容は「混乱を招く」「臨床試験プロトコルが組めない」として西欧で敬遠された一方、「実臨床を反映している」として支持する専門家も存在します
創薬実務への影響: 臨床試験プロトコルでMAFLDをinclusion criteriaに使うケースは稀で、大半のPhase 2/3試験は MASLD/MASH を採用しています。MAFLD表記の論文を参照する場合は「MASLDと完全一致ではない」ことを意識する必要があります。
4. MASLD / MASH(2023 Delphi consensus)
4.1 MASLDの診断基準
MASLD = Metabolic dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease
以下すべてを満たす1:
- 肝脂肪沈着 ≥5%(画像 / 病理 / 血液マーカーの組み合わせ)
- cardiometabolic criteria の 5項目中 ≥1項目 を満たす(下表)
- 他の肝脂肪原因(著明な飲酒、薬剤、単一遺伝子疾患等)が主因でない
4.2 Cardiometabolic criteria(成人版・5項目)
| # | 項目 | 閾値 |
|---|---|---|
| 1 | BMI / ウエスト周囲長 | BMI ≥25 kg/m²(アジア人 ≥23)または WC 男 >94 cm / 女 >80 cm(アジア人 男 >90 cm / 女 >80 cm) |
| 2 | 空腹時血糖 / HbA1c / 糖尿病治療 | FPG ≥100 mg/dL、2時間OGTT ≥140 mg/dL、HbA1c ≥5.7%、2型糖尿病診断、または治療中 |
| 3 | 血圧 | ≥130/85 mmHg または降圧薬使用中 |
| 4 | TG(中性脂肪) | ≥150 mg/dL または脂質低下薬使用中 |
| 5 | HDL-C | 男 ≤40 mg/dL / 女 ≤50 mg/dL または脂質低下薬使用中 |
※小児版は別の閾値が設定されています1。
4.3 MASH(Metabolic dysfunction-Associated Steatohepatitis)
- MASLDの条件を満たし、かつ脂肪性肝炎(脂肪変性 + 小葉性炎症 + 肝細胞傷害/ballooning)を伴うもの
- 従来のNASHと病理組織学的基準は同一。NAS・SAF・Kleiner/Brunt分類はそのまま流用可
- 線維化ステージングには引き続きMETAVIR vs Ishakスコア比較で解説した Kleiner/Brunt(F0–F4)が標準
4.4 旧NAFLDとの実務的差分
ほとんどの旧NAFLD症例(99%以上と推定)はMASLDへ移行可能です1。ただし以下は例外:
- 代謝健全NAFLD("lean NAFLD without metabolic risk"): cardiometabolic criteria 全陰性の症例はMASLDに該当しない。"cryptogenic steatotic liver disease"(原因不明の脂肪性肝疾患)に分類
- 特異的原因による脂肪肝(単一遺伝子疾患、薬剤性等): specific aetiology SLD として別カテゴリ
5. MetALD:MASLD + moderate alcohol
5.1 なぜ新設されたか
MASLD基準を満たしつつ、moderate〜significant な飲酒を伴う患者層が臨床で無視できない規模で存在します。従来は"NAFLDかALDか"の二分法で判定していましたが、Delphi consensusは第三のカテゴリMetALDを新設しました1。
5.2 飲酒閾値(2023 Delphi)
| カテゴリ | 男性 | 女性 |
|---|---|---|
| MASLD | <210 g/週(<30 g/日) | <140 g/週(<20 g/日) |
| MetALD | 210–420 g/週(30–60 g/日) | 140–350 g/週(20–50 g/日) |
| ALD predominant | >420 g/週(>60 g/日) | >350 g/週(>50 g/日) |
※純アルコール換算(1杯 ≈ 10–14 g)
5.3 ALDとの境界
MetALDの上限(男 420 / 女 350 g/週)を超えるとALD predominantに分類されますが、cardiometabolic criteriaが陽性なら "ALD with metabolic dysfunction" として共存診断も可能です。前臨床でのALD vs MASLDモデルの選択にも影響するため、創薬標的の機序(代謝経路 vs アルコール代謝)に応じて使い分ける必要があります。
5.4 DSM-5・WHO飲酒基準とのずれ
Delphi consensusの閾値は肝臓学的エビデンスに基づく設定で、DSM-5のAUD(alcohol use disorder)診断や、WHOのhazardous drinking定義とは直接一致しません。臨床試験プロトコルで飲酒歴を評価する際は、プロトコル独自の閾値を明記する必要があります。
6. 4フレームワーク比較表(Quick Reference)
| 軸 | NAFLD/NASH(1980–2023) | MAFLD(2020 Eslam) | MASLD/MASH(2023 Delphi) | MetALD(2023 Delphi) |
|---|---|---|---|---|
| 定義方式 | 除外診断型 | Positive criteria | Positive criteria(cardiometabolic ≥1) | MASLD + moderate alcohol |
| 肝脂肪閾値 | ≥5% | ≥5% | ≥5% | ≥5% |
| 代謝異常要件 | 暗黙(要件なし) | 肥満/DM/代謝異常のいずれか | cardiometabolic criteria ≥1 | cardiometabolic criteria ≥1 |
| 飲酒許容 | なし(男 ≤30/女 ≤20 g/日) | 制限なし(併存可) | 男 <30/女 <20 g/日 | 男 30–60/女 20–50 g/日 |
| 除外診断必要 | 必須 | 不要 | 限定的(単一遺伝子・薬剤性等) | 限定的 |
| 主要採用学会 | AASLD(〜2023) / EASL(〜2023) | APASL / ラテンアメリカ一部 | AASLD / EASL / ALEH 他 | AASLD / EASL / ALEH |
| 臨床試験での採用 | 旧世代試験(大半) | 限定的 | 現在の標準(Resmetirom以降) | 新興、採択試験増加中 |
| FDA/EMA対応 | 旧Guidance | 非採用 | 現行標準 | 規制文書で言及開始 |
7. 創薬・臨床試験・規制対応への影響
7.1 Resmetirom 承認が分水嶺
2024年3月14日のFDA加速承認(accelerated approval、MAESTRO-NASH試験)は、臨床試験開始時(2019年)は"NASH"表記でしたが、承認文書は"MASH" を採用しました1。以降、新規Phase 3試験は軒並みMASH表記に統一されています。
7.2 既存Phase 3試験のブリッジング
- Lanifibranor(Pan-PPAR)NATiV3試験
- Efruxifermin(FGF21アナログ)HARMONY/SYMMETRY試験
- Survodutide(GLP-1/GCG二重作動)MASH試験
これらは試験途中で名称をNASH→MASHに切り替えたものが大半で、プロトコル本体の定義は変更せず、報告・論文化時の呼称のみ更新しています。データセットはそのまま継承可能です。
7.3 前臨床モデルの名称対応
| モデル | 旧表記 | 新表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| STAM™ マウス | NASH model | MASH model | 病理は同一、表現型変化なし |
| AMLN / GAN食 | NASH-inducing diet | MASH-inducing diet | 代謝異常+肝脂肪+炎症+線維化を誘発 |
| CDAHFD | NASH model(限定的) | MASH-like model | 代謝異常を伴わないためMetALDやMASLDの完全代替ではない |
| MCD食 | NASH model(伝統的) | 脂肪性肝炎モデル(MASH代替として限定的) | 体重減少が代謝症状を覆い隠す |
7.4 バイオマーカー評価の継続性
ECMターンオーバーバイオマーカー(PRO-C3等)やMASLD/MASHバイオマーカー総合ガイドで扱う評価指標(FIB-4, ELF, MRI-PDFF, VCTE)は、NAFLD時代のデータがそのままMASLDに適用可能です。名称変更によるカットオフ値の改訂はありません。
8. 論文検索・データベース実務のコツ
8.1 PubMed検索
- 新旧両方走査: "MASLD OR NAFLD OR MAFLD" を OR 検索で統合
- MeSH階層: MASLD は MeSH 階層への取り込みが進行中で、NAFLD の sub-term として扱われる方向で検索語としての利用が拡大しています。古い論文は NAFLD MeSH 経由でも到達可能(最新の収載状況は PubMed/MeSH DB で都度確認してください)
- 年次フィルタ: 2023年6月以降の新規論文はMASLD/MASH主体、以前はNAFLD/NASH主体と想定
8.2 ClinicalTrials.gov
- 試験名の更新履歴: 登録時と現在で試験名が異なる場合が多い。Study Record History を確認
- Conditionフィールド: 現在は "MASH" "MASLD" "NAFLD" "NASH" の複数タグが混在。4語で個別検索&重複排除が必要
8.3 社内レビュー・プロトコル作成時
- 初出時の括弧注記: "MASH (formerly NASH)" を1回明示すれば、以降は略語で統一可
- MAFLD表記論文の扱い: 原典をMAFLDのまま引用し、「MASLDと部分的に重複」と脚注するのが安全
- 禁則: 同一ドキュメント内での混在は誤読リスク高。1本のプロトコル内では1つの命名法に統一
まとめ
- 2023 Delphi consensusはNAFLD→MASLD、NASH→MASHの改名だけでなく、除外診断型→cardiometabolic positive criteria型への根本的変更
- MAFLD(2020 Eslam)は別フレームワーク。APASLなど採用しているが、AASLD/EASLはMASLDを採用
- MetALDはMASLD + moderate alcoholの新カテゴリ。男 210–420 g/週、女 140–350 g/週
- 旧NAFLD症例の99%はMASLDへ自動移行可能。例外は cryptogenic SLD と specific aetiology SLD
- 旧NASH前臨床データ・バイオマーカーはMASHにそのまま流用可能。プロトコル文書・論文引用時のみ呼称更新を意識
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参考文献
1. Rinella ME, Lazarus JV, Ratziu V, et al. "A multisociety Delphi consensus statement on new fatty liver disease nomenclature." Hepatology. 2023;78(6):1966-1986. (PubMed PMID: 37363821)
2. Eslam M, Newsome PN, Sarin SK, et al. "A new definition for metabolic dysfunction-associated fatty liver disease: An international expert consensus statement." Gastroenterology. 2020;158(7):1999-2014.e1. (PubMed PMID: 32044314)
3. Rinella ME, Neuschwander-Tetri BA, Siddiqui MS, et al. "AASLD Practice Guidance on the clinical assessment and management of nonalcoholic fatty liver disease." Hepatology. 2023;77(5):1797-1835. (PubMed PMID: 36727674)
4. European Association for the Study of the Liver (EASL), European Association for the Study of Diabetes (EASD), European Association for the Study of Obesity (EASO). "EASL-EASD-EASO Clinical Practice Guidelines on the management of metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease (MASLD)." Journal of Hepatology. 2024;81(3):492-542. (PubMed PMID: 38851997)
5. Ludwig J, Viggiano TR, McGill DB, Oh BJ. "Nonalcoholic steatohepatitis: Mayo Clinic experiences with a hitherto unnamed disease." Mayo Clinic Proceedings. 1980;55(7):434-438. (PubMed PMID: 7382552)