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2025-12-19

【徹底解説】NASHからMASHへ:臨床相関性(Clinical Relevance)で選ぶ非臨床モデル戦略

「期間短縮」から「臨床相関性」へ。MASH創薬におけるモデル動物選定の新基準(GAN Diet, CDA-HFD, STAM™)を、薬効メカニズム(MoA)の観点から徹底比較します。

近年、脂肪肝疾患の呼称が**NASH(非アルコール性脂肪肝炎)からMASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)**へと変更されました。このパラダイムシフトは単なる名称変更にとどまらず、創薬ターゲットと評価系の再定義を我々に迫っています。

「前臨床試験では素晴らしいデータが出たのに、臨床試験(特にPhase 2b/3)で有意差が出ない」。

いわゆる "Lost in Translation" の壁を乗り越えるために、今、非臨床試験に求められているのは「期間短縮(スピード)」だけではありません。ヒト病態との**「臨床相関性(Clinical Relevance)」「外挿性(External Validity)」**です。

本記事では、MASH創薬におけるモデル動物選定の「新基準」を解説します。

1. なぜ動物実験の結果は臨床で再現されないのか?

多くのMASH治療薬候補が臨床試験でドロップアウトする最大の要因の一つは、モデル動物の「外挿性」の欠如にあります。

従来のスクリーニングでは、「短期間で肝臓が硬くなる(線維化する)」モデルが重宝されてきました。しかし、コリン欠乏などで無理やり炎症を惹起した肝臓は、ヒトのMASH患者が抱える「過栄養・肥満・インスリン抵抗性」という代謝背景とは乖離していることが多々あります。

MASH(Metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease)という定義が示す通り、「代謝異常(Metabolic dysfunction)」を伴わないモデルでの薬効評価は、臨床予測性を著しく低下させるリスクがあります。

2. 重要概念:臨床相関性を測る「3つの軸」

モデルを選定する際は、単に病理スコア(NAS)を見るのではなく、以下の3軸で評価する必要があります。

  1. Construct Validity(構成概念妥当性): ヒトと同じ原因(過食、運動不足、遺伝的素因)で発症しているか?
  2. Face Validity(表面妥当性): MASHの4徴候(脂肪化、炎症、風船様変性、線維化)を再現しているか?
  3. Metabolic Isomorphism(代謝的同型性): インスリン抵抗性、脂質プロファイル、遺伝子発現パターンがヒトと類似しているか?

3. 臨床的価値に基づくモデル評価ガイド

薬剤の作用機序(MoA)によって、選ぶべき「ベストなモデル」は異なります。ここでは代表的な3つのモデルを、臨床的視点から再評価します。

① GAN Diet (AMLN diet)

〜代謝的同型性のゴールドスタンダード〜

  • 概要: 高脂肪・高果糖・高コレステロール食(Gubra Amylin NASH diet)を給餌するモデル。
  • 特徴: 「西洋食」に近い食事と生活習慣ストレスにより、肥満、インスリン抵抗性、そしてMASH病理像(線維化含む)を自然経過で発症します。トランスクリプトーム解析でもヒトMASH患者と極めて高い相関を示します。
  • 推奨される薬剤(MoA): 代謝改善薬全般(GLP-1受容体作動薬、GIP/GLP-1共作動薬、THR-β作動薬など)。全身的な代謝改善を介して肝病態を良くする薬剤の評価には、このモデルが必須です。
  • 注意点: 線維化形成には時間がかかります(20週〜)。コストと時間はかかりますが、Phase 2への「ゲートキーパー」として最適です。

② CDA-HFD (コリン欠乏・L-アミノ酸定義・高脂肪食)

〜線維化スクリーニングの加速装置〜

  • 概要: コリン欠乏によるVLDL分泌不全を利用し、肝臓に急速に脂肪を蓄積・炎症を惹起させるモデル。
  • 特徴: わずか6〜12週間で、ヒト肝硬変に近い強力な線維化微小環境を形成します。一方で、急激な病態進行に伴い体重減少やインスリン感受性の亢進(逆説的現象)が見られる場合があり、MASHの定義である「代謝異常」とは異なる背景を持ちます。
  • 推奨される薬剤(MoA): 抗線維化薬・抗炎症薬。代謝を介さず、線維化経路(TGF-βなど)や炎症カスケードを直接阻害する薬剤のスクリーニングに極めて有用です。
  • 注意点: 代謝改善薬(GLP-1等)の評価には不向きです。

③ STAM™モデル

〜糖尿病起因の確実な病態進行〜

  • 概要: 生後早期のストレプトゾトシン(STZ)投与によるβ細胞破壊+高脂肪食で誘導されるモデル。
  • 特徴: 脂肪肝 → 線維化 → **肝癌(HCC)**へと、短期間で確実に進行するユニークなモデルです。低用量STZによるインスリン分泌能の低下は見られますが、完全な枯渇ではなく、高脂肪食負荷と合わせて2型糖尿病(進行期)類似の病態を示します。
  • 推奨される薬剤(MoA): 発癌抑制・晩期合併症対策。線維化から発癌への進行抑制や、糖尿病合併例での評価に適しています。
  • 注意点: インスリン抵抗性改善を主作用とする薬剤の場合、効果が過小評価される可能性があります。

4. モデル比較マトリクス

各モデルの特性を一覧化しました。プロジェクトのフェーズと目的に合わせて選択してください。

評価項目GAN Diet (AMLN diet)CDA-HFDSTAM™ モデル
キャッチコピー代謝的同型性の王道<br>(Metabolic Isomorphism)線維化の加速装置<br>(Fibrosis Accelerator)発癌までの確実な進行<br>(Progression to HCC)
誘発方法高脂肪・高果糖・高コレステロール食<br>(西洋食の模倣)コリン欠乏・アミノ酸定義・高脂肪食<br>(栄養欠乏ストレス)低用量STZ投与(β細胞破壊)<br>+高脂肪食
代謝背景<br>(インスリン動態)インスリン抵抗性・高インスリン血症<br>(ヒトMASHに酷似)変化なし、または逆説的な改善<br>(体重減少を伴う場合あり)インスリン分泌低下<br>(2型糖尿病様背景)
病理像<br>(線維化・炎症)マイルド〜中等度の線維化<br>典型的な「風船様変性」が出現重度の線維化が短期間で完成<br>強い炎症反応脂肪肝→線維化→肝癌(HCC)へと<br>段階的に進行
臨床相関性<br>(External Validity)非常に高い (High)<br>代謝・遺伝子発現がヒトと一致限定的 (Limited)<br>線維化の表現型のみ一致特殊 (Specific)<br>糖尿病合併・発癌リスク評価に特化
推奨されるMoA<br>(作用機序)代謝改善薬<br>(GLP-1, THR-β, PPAR等)抗線維化薬・抗炎症薬<br>(TGF-β阻害, ASK1阻害等)発癌抑制・抗酸化<br>糖尿病合併例の評価
試験期間<br>(モデル作成期間)長期 (20週〜)<br>コスト:高短期 (6〜12週)<br>コスト:中〜低中期 (6〜10週で線維化)<br>16週〜でHCC。コスト:中

Point:

  • 創薬の初期スクリーニングで、とにかく早く「線維化への直接作用」を見たい場合は、CDA-HFDがコストパフォーマンスに優れます。
  • 臨床試験(Phase 2)直前の重要なGo/No-Go判断には、ヒトと同じ代謝メカニズムを持つGAN Dietでの検証が、臨床での成功確率を高めます。

5. 結論:メカニズム(MoA)に基づく戦略的選択を

「どのモデルが一番良いか?」という問いに絶対的な正解はありません。重要なのは、**「あなたの薬のMoA(作用機序)を証明できる舞台はどれか?」**という視点です。

  • 代謝ターゲット(GLP-1, THR-β等)GAN Diet で臨床予測性を担保する。
  • 線維化ターゲットCDA-HFD で迅速にPoCを取得する。
  • 発癌リスク評価STAM™ で長期予後を見る。

また、どのモデルを使用する場合でも、病理医によるスコアリング(NAS)だけでなく、シリウスレッド染色によるコラーゲン定量や、ヒドロキシプロリン定量といった客観的・定量的な指標を組み合わせることが、データの信頼性を高める鍵となります。


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