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2025-12-07

Resmetirom (Rezdiffra): MASH初承認薬の実力とMAESTRO-NASH試験

MASH治療薬の第一号となったResmetirom。その作用機序(THR-β選択性)と、承認の根拠となった第3相MAESTRO-NASH試験の全貌。2次評価項目であるLDLコレステロールや肝機能酵素への効果まで詳細に解説します。

待望の初承認薬 Resmetirom

2024年3月、米国FDAはMadrigal Pharmaceuticals社の Resmetirom (商品名 Rezdiffra) を、F1B、F2、F3の線維化を伴う非肝硬変MASH(代謝機能不全関連脂肪肝炎)の治療薬として承認しました。 これは代替エンドポイント(肝組織学的改善)に基づく迅速承認 (Accelerated Approval) であり、本適応の継続承認は、現在進行中の確証試験における臨床的有用性の検証を条件としています。

これにより、長らく「治療薬不在」であったこの領域に、ついに初めて承認された治療薬が登場しました。これは1980年の疾患概念提唱から約40年以上の時を経て達成された、肝疾患研究における歴史的なマイルストーンです。

(参考: MAESTRO-NASH ClinicalTrials.gov Identifier: NCT03900429)

なお、Rezdiffraは食事療法および運動療法との併用で使用する薬剤として承認されています。

作用機序の深層: なぜTHR-βなのか?

Resmetiromは単なる代謝改善薬ではありません。その最大の特徴は、甲状腺ホルモン受容体β (THR-β) への高い選択性にあります。

THR-βとTHR-αの役割分担

甲状腺ホルモン受容体 (THR) には主に2つのサブタイプが存在し、体内での分布と役割が大きく異なります。

  • THR-β: 主に肝臓に分布。脂質代謝(脂肪分解、ミトコンドリア生合成、オートファジー)の「マスター・レギュレーター」として機能します。しかし、MASH患者の肝臓では、このTHR-β機能が低下している(甲状腺ホルモン抵抗性に類似した状態)ことが知られています。
  • THR-α: 主に心臓(心拍数増加、心収縮力増大)や(骨代謝回転)に分布します。過剰な刺激は不整脈や骨粗鬆症につながります。

選択性がもたらす「安全性」と「効果」

かつて開発された甲状腺ホルモン様作用薬は、THR-αへの作用による心毒性が壁となり開発が中止されました。 Resmetiromは、THR-βに対して高い選択性を持ち(THR-αへの結合親和性が極めて低い)、肝臓においてのみ特異的に代謝シグナルを「オン」にします。これにより、心臓や骨への副作用を回避しつつ、肝臓内の脂肪毒性(Lipotoxicity)を強力に解除し、炎症と線維化の連鎖を断ち切ることに成功しました。

MAESTRO-NASH試験: 承認の決定打

第3相臨床試験(MAESTRO-NASH)では、1050名が登録され、F1B、F2、F3の線維化ステージの966名が1:1:1の比率で無作為化されました。 この試験において、Resmetiromは主要評価項目(Primary Endpoints)の両方を達成しました。

1. MASHの消失 (NASH Resolution)

「線維化の悪化を伴わないMASHの消失(NASスコアの改善)」を達成した割合:

  • 100mg群: 29.9% (vs プラセボ 9.7%, p<0.001)
  • 80mg群: 25.9% (p<0.001)

2. 線維化の改善 (Fibrosis Improvement)

「MASHの悪化を伴わない、1段階以上の線維化改善」を達成した割合:

  • 100mg群: 25.9% (vs プラセボ 14.2%, p<0.001)
  • 80mg群: 24.2% (p<0.001)

この結果は、Resmetiromが「脂肪肝炎」と「線維化」の両方の病的プロセスに同時に介入できる稀有な薬剤であることを示しています。

重要な2次評価項目 (Secondary Endpoints)

MAESTRO-NASH試験において見逃せないのが、心血管リスク因子および肝傷害マーカーへの顕著な改善効果です。MASH患者の死因のトップは心血管疾患 (CVD) であるため、この効果は予後改善において極めて重要です。

LDLコレステロール (LDL-C) の低下

Resmetiromは強力な脂質低下作用を示しました(24週時点)。

  • LDL-C: 100mg群で -16.3% 低下 (vs プラセボはほぼ不変)。
  • Apolipoprotein B (ApoB): MASHにおける動脈硬化の重要な指標であるApoBやトリグリセリドも有意に低下させました。これはスタチン併用の有無にかかわらず確認されています。

肝機能酵素 (Liver Enzymes) の改善

肝細胞傷害を反映する主要な酵素も、投与開始早期から劇的に改善しました(52週時点)。

  • ALT: 非スタチン併用例の100mg群において、ベースラインから最大 -43% の低下が報告されています (Harrison SA et al. NEJM 2024)。
  • AST, GGT: 同様に有意な低下が認められ、肝臓の炎症沈静化を裏付けています。

安全性プロファイルと副作用管理

消化器症状

主な有害事象は下痢(約30%)と悪心(約20%)でした。

  • これらは主に軽度から中等度 (Mild to Moderate) であり、投与開始初期(最初の数週間)に見られる一過性 (Transient) のものが大半でした。
  • 重篤な消化器症状による試験中止は稀でした。

骨・心血管への影響

THR-β選択性の高さを示すように、心拍数の増加骨折リスクの増加は見られませんでした。また、甲状腺機能(TSH, free T4)への影響も軽微であり、甲状腺機能低下症を誘発することはありませんでした。

今後の展望

Resmetiromは食事・運動療法と併用する形で承認された画期的な新薬ですが、すべての患者で効果を示すわけではありません(線維化改善率は約25%)。 今後は、非侵襲的検査(NITs: FIB-4, ELF, FibroScanなど)やバイオマーカー(PRO-C3等)を用いて、「Resmetiromが特に効く患者層(Responders)」を治療前に識別する技術の開発が急務となります。 また、長期予後試験も進行中であり、肝硬変への進行阻止や肝不全イベントの抑制効果が実証されれば、その地位は盤石なものとなるでしょう。