MASH治療薬の次なる主戦場:2026年「コンビネーション療法」パイプラインと各社の買収戦略
MASH治療薬は単剤からコンビネーション(併用)療法へ急速に移行中。Madrigal(GLP-1+DGAT2)、GSK(FGF21+siRNA)、Sagimet(FASN+レスメチロム)など主要プレイヤーの買収・提携動向、主要併用レジメン比較表、日本国内動向と痩せ型MASH対応まで解説します。
1. MASH治療のパラダイムシフト:単剤からコンビネーションへ
2024年に**レスメチロム(商品名:Rezdiffra)**がMASH(非アルコール性脂肪性肝炎)に対する世界初のFDA承認薬となり、MASH創薬の歴史は大きく動きました。しかし、MAESTRO-NASH試験のデータ詳細からも明らかなように、単剤療法による線維化の改善率は約25%にとどまり、すべての患者を完治させる「魔法の弾丸」は存在しないことが共通認識となっています。
MASHは、代謝異常(インスリン抵抗性・脂質蓄積)、慢性炎症、そして線維化という複数の病理カスケードが複雑に絡み合う疾患です。そのため、高血圧やがん治療と同様に、**異なる作用機序を持つ複数の薬剤を組み合わせる「コンビネーション(併用)療法」**が、今後の標準治療(SoC)となることは確実視されています。
2025年から2026年にかけて、メガファーマからバイオテクまで、自社のパイプラインを「併用プラットフォーム」へと昇華させるための激しいM&Aやライセンス契約が相次いでいます。
2. 主要プレイヤーの買収・提携動向:誰が何を手に入れたか?
各社は、強力な代謝改善(GLP-1等)、直接的な抗線維化、あるいは脂質合成阻害といったピースを組み合わせ、ベスト・イン・クラスの**配合剤(FDC: Fixed-Dose Combination)**を目指しています。
2.1 Madrigal Pharmaceuticals: 覇者のポートフォリオ拡大
MASH市場のパイオニアであるMadrigal社は、承認薬レスメチロム(THR-β作動薬)の効果をさらに高めるため、積極的な外部アセットの獲得に動いています。
- GLP-1の獲得: Madrigalは、CSPC Pharmaceutical Groupから前臨床段階の経口GLP-1受容体作動薬(SYH2086、orforglipron誘導体)のグローバル独占的ライセンスを、1億2,000万ドルの前渡し金(マイルストーン含め最大20億ドル規模)で獲得しました1。これにより、GLP-1の「強力な体重減少・代謝改善効果」とレスメチロムの「直接的な肝脂質・線維化減少効果」を1つの経口薬(1日1回)として提供する最強の併用療法を目指しています。
- DGAT2阻害薬の獲得: さらにMadrigalは、かつてPfizer社が開発していたPhase 2段階のDGAT2阻害薬(ervogastat)を5000万ドルで買収(独占グローバル権利)しました2。PfizerはかつてervogastatとACC阻害薬(clesacostat)の併用を開発していましたが、Madrigalはこの脂質合成抑制アセットを自社のレスメチロムと組み合わせる戦略を描いています。
2.2 Sagimet Biosciences: F4(肝硬変)MASHへの挑戦
次世代アプローチとして注目されるFatty Acid Synthase(FASN)阻害薬「denifanstat」を開発するSagimet社も、併用療法に大きく舵を切りました。
- Resmetiromとの併用: Sagimetは、現在承認されている薬剤が存在しない「F4 MASH(肝硬変)」患者をターゲットに、denifanstatとレスメチロムの併用療法を推進しています。すでにPhase 1の薬物動態(PK)試験を完了し、良好な忍容性を確認しました3。メカニズム的にも、FASN阻害薬による肝臓内での新規脂質合成(De Novo Lipogenesis: DNL)の強力な抑制と、レスメチロム(THR-β作動薬)による既存脂質のβ酸化(燃焼)促進という、「入口を閉じる」×「出口を開ける」の両輪アプローチが噛み合い、単剤では到達困難な肝脂質バランスの是正と抗線維化効果が期待されています。
- 固定用量配合剤(FDC)の準備: 併用薬の利便性を高めるため、Teva社の子会社であるTAPI社と独占的グローバルライセンス契約を結び、レスメチロムの原薬(API)革新的な形態を利用する権利を確保4。2026年後半には、この強力なコンビネーションのPhase 2試験(PoC)を開始する予定です。
2.3 GSK (GlaxoSmithKline): FGF21アナログとsiRNAの融合
長らく肝疾患領域での大型パイプラインを模索していたメガファーマのGSKも、莫大な資金を投じて強力なアセットを獲得しました。
- FGF21の獲得: GSKは、Boston PharmaceuticalsからPhase 3準備段階のFGF21アナログ「efimosfermin」を、前渡し金12億ドル + マイルストーン最大8億ドル(合計最大20億ドル)で獲得しました5。FGF21は強力な代謝改善と線維化退縮を促すことで知られています。
- 自社核酸医薬との連携: GSKの最大の狙いは、このefimosferminと、すでに自社で開発を進めているMASH/ALD向けsiRNA(GSK'990)を組み合わせることにあります。全く異なるアプローチ(ペプチド作動薬 × 遺伝子サイレンシング)によるコンビネーションは、今後のMASH治療に新たな選択肢をもたらす可能性があります。
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3. 主要併用レジメン比較表
2026年4月時点で公表されている主要な併用レジメンを一覧化します。進捗段階と対象集団の違いから、どの組み合わせがどのMASH病期を狙っているかが読み取れます。
| 併用レジメン | 開発企業 | 作用機序の組み合わせ | Phase | 対象集団 |
|---|---|---|---|---|
| Resmetirom + SYH2086 | Madrigal | THR-β + GLP-1RA(経口) | Preclinical→Ph1 | 肥満+F2-F3 MASH |
| Resmetirom + ervogastat | Madrigal | THR-β + DGAT2阻害 | Ph2準備中 | F2-F3 MASH |
| Resmetirom + denifanstat | Sagimet | THR-β + FASN阻害 | Ph2 PoC(2H 2026開始) | F4代償性肝硬変MASH |
| efimosfermin ± GSK'990 | GSK | FGF21 + siRNA | Ph3(単剤先行) | F2-F4 MASH/ALD |
| Semaglutide + Efruxifermin | Novo Nordisk(Akero買収後) | GLP-1RA + FGF21 | Preclinical〜Ph2計画 | 肥満+F2-F3 MASH |
| Tirzepatide + 抗線維化薬 | Eli Lilly(自社パイプライン連携) | GLP-1/GIP + TBD | 検討中 | 肥満+進行MASH |
特筆すべきは、Novo NordiskとEli Lillyが代謝バックボーンと抗線維化アセットを自社内に揃えつつある点で、他社が「代謝バックボーンに乗せる形でしかシナジーを証明できない」構造的制約を生み出している点です。
4. コンビネーションモデルの設計と落とし穴(前臨床試験実務の観点)
「有力な薬を2つ混ぜれば2倍効く」というほど、MASHの病理は単純ではありません。今後、前臨床CRO(非臨床試験の受託機関)において、コンビネーション療法の評価(In Vivo)を設計する際には、以下の点が極めて重要になります。
① 適切な動物モデルの選定
「代謝障害」と「線維化」の両方を正しく評価できるモデルが必須です。単純な四塩化炭素(CCl4)モデルではGLP-1由来の代謝改善効果は評価できません。 一般的には、**GAN食(Gubra-Amylin NASH)などの長期間の食餌性モデル**が好まれます。体重、インスリン抵抗性、そして肝臓の病理学的スコア(NASと線維化)を総合的に評価する必要があります。
② 「SoC(標準治療)」ベンチマークの設置
今後の前臨床試験では、単なる「未治療(Vehicle)コントロール群」だけでは不十分です。「Resmetirom単剤投与群」または「Semaglutide(GLP-1)単剤投与群」を必ず設定し、自社の新規化合物(またはその併用)が、既存の標準治療に対して統計的に有意な「上乗せ効果(Add-on effect)」または「シナジー(相乗効果)」を持っていることを、NAS・Sirius red面積率・ヒドロキシプロリン量・Pro-C3などのエンドポイントで証明しなければなりません。
③ 薬物動態(PK)と相互作用の評価(DDI)
肝臓は薬物代謝の主要臓器です。MASHによって肝機能が低下しているモデル動物において、2つの化合物を同時投与した際のPKプロファイルの変動(例:シトクロムP450酵素系の競合による血中濃度の異常上昇など)を、初期段階でしっかりスクリーニングすることが致命的な失敗を防ぎます。特にレスメチロムはOATP1B1/1B3基質であるため、併用薬との相互作用評価は必須です。
5. 日本国内の開発動向と規制対応
日本では2026年4月時点でレスメチロムの国内承認は得られていないものの、複数の国際共同治験にPMDA経由で組み込まれつつあります。日本市場特有のポイント:
- 痩せ型MASH(Lean MASH): BMI 25未満の患者が相当数を占める日本・アジア圏では、体重減少を伴わないレスメチロムや直接的抗線維化薬の需要が相対的に高くなります。GLP-1RA主体の併用戦略の安易なコピーではなく、体重非依存性を保つ併用レジメン(例:THR-β + FASN、THR-β + FGF21)の提案に日本市場の商機があります。
- 前臨床試験パッケージングの示唆: 日本発の前臨床データパッケージでは、GAN-DIOやAMLN食モデルで「レスメチロム陽性対照+候補化合物併用」のhead-to-headデータを標準組み込みとすることが、国際共同治験でのパートナリング評価の通過要件となりつつあります。
- PMDA規制: MASH治療薬の治験計画評価にあたり、非侵襲的バイオマーカー(MRI-PDFF、FibroScan-CAP、ELFスコア)の利用指針が2025年以降順次更新されています。併用療法治験では、個別薬剤のPK変動を前臨床で実証した上で、Phase 1併用PK試験を国内で実施する戦略が現実解となります。
- 国内学会動向: JDDW(日本消化器関連学会週間)や日本肝臓学会では、2025年以降MASH併用療法セッションが常設化しつつあり、国内製薬からの演題エントリも増加しています。
6. 結び:勝負は「シナジー」の証明へ
2026年以降のMASH創薬は、単なる「新しいメカニズムの発見」から、「既存薬といかに美しく組み合わせるか」というパズル(ポートフォリオ構築)の時代に本格的に突入しました。
そしてこの再編を俯瞰する上で無視できないのが、インクレチン領域の絶対的な巨頭であるNovo NordiskとEli Lillyの動向です。Novo Nordiskは2025年8月にWegovy(semaglutide)でGLP-1RAとして初のMASH適応を取得し、さらに同年12月にFGF21アナログEfruxifermin(EFX)開発元のAkero Therapeuticsを最大$5.2Bで買収して、「代謝バックボーン × 抗線維化」のワンストップ体制を自社内で確立しました(関連記事)。Eli Lillyも、GLP-1/GIP二重作動のTirzepatideによるSYNERGY-NASH(Ph2)での強力な線維化改善データに加え、経口GLP-1(orforglipron)、トリアゴニスト(retatrutide)というフルラインナップを武器に、MASHのSoCそのものを塗り替える構えです。つまり、MadrigalやGSK、Sagimetが個別ピースを買い集めている間に、NovoとLillyはベースライン治療(代謝バックボーン)そのものをコントロールする側に回りつつあり、他社は結局「NovoまたはLillyのバックボーンに乗せる形でしかシナジーを証明できない」という構造的制約に直面し始めています。
自社のパイプラインが、どの既存薬と最も相性が良いのか? 前臨床の早い段階から、精密な動物モデル評価と高度なデジタル病理学による定量を通じて、その「シナジー」の証拠を積み上げることが、MASH市場で生き残るための必須条件となります。
参考文献・プレスリリース
1. Madrigal Pharmaceuticals. "Madrigal Pharmaceuticals Enters into Exclusive Global License Agreement for Oral GLP-1 Receptor Agonist with CSPC Pharmaceutical Group Limited." GlobeNewsWire. July 30, 2025. (プレスリリース)
2. Madrigal Pharmaceuticals. "Madrigal Expands its MASH Pipeline with Exclusive Global License Agreement for Ervogastat, a Phase 2 Oral DGAT-2 Inhibitor." GlobeNewsWire. January 9, 2026. (プレスリリース)
3. Sagimet Biosciences. "Sagimet Biosciences Announces Positive Results from the Phase 1 PK Clinical Trial of Denifanstat and Resmetirom Combination." GlobeNewsWire. December 18, 2025. (プレスリリース)
4. Sagimet Biosciences. "Sagimet Biosciences and TAPI Announce Global License Agreement for Innovative Forms of Resmetirom API for Sagimet's Fixed-Dose Combination Program." GlobeNewsWire. December 17, 2025. (プレスリリース)
5. GSK plc. "GSK to acquire efimosfermin alfa from Boston Pharmaceuticals to strengthen steatotic liver disease pipeline." gsk.com. May 2025. (プレスリリース)
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