IPFとPPF:進行性肺線維症の診断基準・分子病態・治療パラダイム
IPFとPPFの定義の違い、2022年ATS/ERS/JRS/ALATガイドラインのPPF診断基準(FVC≥5%低下/DLCO≥10%低下等)、AT2細胞老化・テロメア機能不全などの分子病態、ニンテダニブとネランドミラスト(2025年承認)までの治療進展、そして前臨床モデル選定の考え方を総合的に解説します。
はじめに
間質性肺疾患(ILD: Interstitial Lung Disease)は、肺の「間質(肺胞の壁)」に炎症や線維化が起こる疾患の総称であり、200以上の異なる疾患が含まれます。 その中で最も予後不良かつ代表的な疾患が特発性肺線維症(IPF: Idiopathic Pulmonary Fibrosis)です。
しかし近年、IPF以外のILD(自己免疫疾患に伴うものや過敏性肺炎など)であっても、一度「進行性の線維化フェノタイプ」を獲得すると、元の原因に関わらずIPFと似たような自己永続的な肺の自己破壊(線維化)を続けることが明らかになってきました。この新しい概念が、2022年に国際ガイドラインで正式に定義された進行性肺線維症(PPF: Progressive Pulmonary Fibrosis)です1。
本記事では、IPFとPPFの定義と診断基準、分子レベルの線維化進行メカニズム、そしてニンテダニブからネランドミラストに至る治療パラダイムの進化を、公開論文に基づいて解説します。
1. 定義と診断基準:IPFとPPF
IPF(特発性肺線維症)
- 定義: 原因不明の慢性進行性の線維化を伴う間質性肺炎。中高年(主に50代以降の男性)に多く発症し、胸部HRCT(高分解能CT)または肺生検で「通常型間質性肺炎(UIP: Usual Interstitial Pneumonia)」のパターンを示します。診断や予後予測にはKL-6やSP-D、MMP-7などの肺線維症バイオマーカーが活用されます。
- 特徴: 発症した時点ですでに不可逆的な線維化が進行しており、診断後の生存期間の中央値は3〜5年と、多くの癌よりも予後不良とされてきました。
PPF(進行性肺線維症)
- 定義: 2022年のATS/ERS/JRS/ALAT国際ガイドラインで新しく定義された概念です1。IPF以外の様々な原因を持つILD(関節リウマチ関連ILD、全身性強皮症関連ILD、慢性過敏性肺炎、非特異的間質性肺炎、サルコイドーシスの線維化型、未分類ILD等)のうち、適切な標準治療(免疫抑制薬など)を行ってもなお、呼吸機能の低下や画像上の線維化の悪化が「進行」してしまう一群を指します。
- 旧称: 以前はPF-ILD(Progressive Fibrosing ILD)とも呼ばれていました。
PPFの正式診断基準(ATS/ERS/JRS/ALAT 2022)
IPF以外のILD患者で、放射線学的に線維化所見があり、過去1年以内に以下3項目のうち少なくとも2つが他の原因なく認められた場合にPPFと診断されます1。なお、2022年ATS/ERS/JRS/ALAT基準は2026年現在も公式ガイドラインとして有効であり、2025年にはKondohらによる運用実績・用語整理のフォローアップ総説(Advances in Therapy 2025)が公表されましたが、FVC/DLCO閾値や「2 of 3」ルールの定量基準に変更はありません7。
| # | 基準 | 定量閾値・具体所見 |
|---|---|---|
| 1 | 呼吸器症状の悪化 | 咳嗽・息切れの進行(定量閾値なし、臨床判断) |
| 2 | 生理学的進行(肺機能検査) | FVC ≥5%予測値の低下 または DLCO ≥10%予測値の低下 |
| 3 | 放射線学的悪化(HRCT) | 以下のいずれか:牽引性気管支/細気管支拡張の増悪、新規すりガラス影+牽引性気管支拡張、新規細網影、新規あるいは増大する蜂巣肺、肺葉容積の減少 |
簡潔に言えば、「原因不明で最初から線維化する病気」がIPFであり、「何らかの原因で肺がダメージを受けた結果、途中からIPFのように線維化が止まらなくなってしまった状態」がPPFです。
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2. 線維化の進行メカニズム(Pathogenesis)
IPFとPPFの線維化メカニズムには、発端(トリガー)に違いはあるものの、最終的な「自己永続的ループ」には共通の経路(Common Pathway)が存在します。
IPFのメカニズム:AT2細胞の老化と異常修復
IPFの根本的な原因は依然として不明ですが、現在の定説は「反復する肺胞上皮細胞(AEC)の微小損傷と加齢関連機能破綻」モデルです3,4。
- 加齢のハルマーク(Hallmarks of Aging): IPFは加齢が最大の危険因子であり、テロメア短縮、DNA損傷、ミトコンドリア機能不全、エピジェネティック変化、プロテオスタシス破綻、オートファジー異常といった加齢に伴う細胞機能低下が病態の基盤にあります3。
- AT2細胞の老化と枯渇: 肺胞上皮のII型細胞(AT2細胞)は肺胞再生の幹細胞に相当しますが、IPFではAT2細胞の増殖能が著しく低下し、細胞老化(senescence)マーカーを発現します。その結果、肺胞は再生に失敗し、線維芽細胞優位の異常修復が起こります3。2025年の最新レビューでは、テロメア機能不全→p53経路の過剰活性化→AT2細胞のSenescence-Associated Secretory Phenotype(SASP)獲得という軸が改めて整理され、ミトコンドリア機能不全との連関や、p53阻害によるAT2老化のリバースが潜在的治療戦略として提示されています8。
- ERストレスとアポトーシス: IPF肺ではAT2細胞の小胞体(ER)ストレスが顕著で、アポトーシスの進行が病理学的な特徴となっています4。
- 異常修復とサイトカイン過剰: 通常なら正常な細胞が再生して修復されるべきところ、IPF患者では異常な修復応答が起こり、TGF-βやFGF、PDGFなどの強力なプロ線維化サイトカインを過剰に分泌します。
- 線維芽細胞の活性化: これらのサイトカインにより、肺胞壁に存在する線維芽細胞が筋線維芽細胞へと分化・増殖し、コラーゲンなどの細胞外マトリックス(ECM)を過剰に産生します。
- 自己永続化(メカノトランスダクション): 蓄積した硬いECM自体がさらに上皮細胞や線維芽細胞にメカニカルストレスを与え、YAP/TAZ経路を介してTGF-βの分泌を促す「死のループ」が形成されます3,4。
- 家族性IPFの遺伝的背景: 家族性IPF(全IPFの約5〜10%)ではテロメア関連遺伝子(TERT, TERC, RTEL1, PARN)やサーファクタント関連遺伝子(SFTPC, SFTPA2)の変異が報告されており、また一般集団でもMUC5Bプロモーター変異(rs35705950)が最大のリスク遺伝子として同定されています3。
PPFのメカニズム:炎症からの「エスケープ」
PPFとなる原因疾患(自己免疫性ILDなど)の多くは、初期段階では肺の「異常な免疫応答による炎症」がメインです。
- 初期(炎症優位): マクロファージやリンパ球が肺胞壁に浸潤し、炎症性サイトカインを放出します。この段階ではステロイドや免疫抑制薬が有効です。
- 炎症収束の破綻: 通常はM1マクロファージからM2マクロファージへの極性化、およびSPM(Specialized Pro-resolving Mediators: Resolvin/Protectin/Maresin)による炎症の能動的収束が起こりますが、PPF化する症例ではこの収束プロセスが破綻し、慢性炎症が線維化へ移行します(炎症と線維化の移行メカニズム)。
- 進行期(線維化の自律化): 慢性的な炎症により肺の組織が繰り返し破壊されるうちに、IPFと同様の異常修復プロセス(TGF-β分泌と筋線維芽細胞の活性化)がスイッチオンされます。
- 免疫非依存へ: 一度この線維化カスケードが自律運動を始めると、元の免疫系の暴走(炎症)をステロイドで抑え込んでも、線維化の進行を止めることができなくなります。これがPPFの状態です。
3. IPFとPPFの比較:一覧表
| 項目 | IPF | PPF |
|---|---|---|
| 定義 | 原因不明の慢性進行性UIP | IPF以外のILDが2022年基準で「進行性」と確認された状態 |
| 基礎疾患 | なし(特発性) | 関節リウマチ関連ILD、SSc-ILD、慢性過敏性肺炎、NSIP、サルコイドーシス線維化型、未分類ILD等 |
| 主な発症層 | 50代以降、男性優位 | 基礎疾患により多様 |
| 診断の決め手 | HRCT/病理でUIPパターン | 2022年ATS/ERS基準(症状・肺機能・HRCTの2/3) |
| 初期治療戦略 | 抗線維化薬が第一選択 | 基礎疾患治療(免疫抑制等)→ 進行確認後に抗線維化薬追加 |
| 抗線維化薬 | ニンテダニブ、ピルフェニドン、ネランドミラスト | ニンテダニブ(INBUILD)、ネランドミラスト(FIBRONEER-ILD) |
| 予後 | 診断後中央値3〜5年 | 基礎疾患と進行の程度に依存 |
4. 治療パラダイムの進化と抗線維化薬
IPFとPPFのメカニズムに共通の「線維化カスケード(TGF-β、FGF、PDGF等の関与)」が存在することは、治療戦略に大きな進化をもたらしました。
① IPF専用だった抗線維化薬(ピルフェニドンとニンテダニブ)
従来、線維化を直接ターゲットとする抗線維化薬は、専らIPFの専用薬でした。
- ピルフェニドン: TGF-β経路の抑制、炎症性サイトカイン調節、コラーゲン線維形成の直接阻害といった多面的作用を持つ。
- ニンテダニブ: PDGFR、FGFR、VEGFRなど複数のチロシンキナーゼを阻害。 いずれもIPF患者のFVC年間低下率を約50%抑制します。
② INBUILD試験とPPFへの適応拡大
「最終的な線維化のメカニズムが同じなら、IPF以外で線維化が進行する疾患(PPF)にも効くのではないか?」 この仮説を証明したのが、画期的な臨床試験であるINBUILD試験です2。 原因疾患(自己免疫疾患、過敏性肺炎、未分類など)を問わず、進行性線維化を示すILD患者663名にニンテダニブを投与した結果、年間FVC低下率が107 mL/年改善(プラセボ-187.8 mL/年 vs ニンテダニブ-80.8 mL/年)し、IPFに対する効果とほぼ同等の有効性を示しました。この結果を受け、現在では抗線維化薬(ニンテダニブ)の使用はIPFだけでなく、PPFに対しても標準的な選択肢となっています。
③ 2025年のアップデート:ネランドミラスト(PDE4B阻害薬)
ネランドミラスト(nerandomilast, BI 1015550)は、初のPDE4B選択的阻害薬としてcAMP/PKA経路を介した抗線維化・抗炎症作用を示す新規クラスの薬剤です。
- FIBRONEER-IPF(第3相、1,177名): 52週時点のFVC変化がプラセボ-183.5 mL、ネランドミラスト18 mg群-114.7 mL(p<0.001)5。
- FIBRONEER-ILD(PPF対象、第3相): 同様に主要評価項目を達成し、2025年4月にFDAがPPFに対するブレークスルーセラピー指定を付与。
- FDA承認: 2025年10月7日にIPFに対してJascayd®(nerandomilast)として承認(10年以上ぶりのIPF新薬)9、続いて2025年12月19日にPPFに対しても追加承認。既存の抗線維化薬との併用も可能で、主な副作用は下痢(約41%)。詳細はIPF治療薬の全貌【2026年版】を参照。
5. 前臨床研究のアプローチ(創薬に向けて)
IPFおよびPPFに対する新薬開発では、これらのメカニズムの違いを反映した動物モデルの選定が不可欠です。
標準モデル:ブレオマイシン誘発肺線維症
- 推奨プロトコル: C57BL/6マウスに経気管内またはoropharyngeal投与、両性で評価、主要エンドポイントはヒドロキシプロリン定量と組織学(Ashcroftスコア等)6。
- 適性: 急激な「炎症」の後に「線維化」が起こるため、PPF(炎症から線維化への移行)や抗炎症作用を併せ持つ抗線維化薬の初期評価に適している(ブレオマイシン誘発肺線維症モデルの詳細、モデル使用時の最適化ガイド)。
ブレオマイシンモデルの限界
- 線維化が数週間で自然回復する — IPFの核心である「不可逆進行性」を再現しない。
- AT2細胞老化、テロメア機能不全、ERストレスといったIPFの核心病態が十分に再現されない。
- 多くの前臨床成功薬が臨床試験でfailしており、予測妥当性に制約がある6。
より臨床IPFに近い病態評価の模索
- 反復投与モデル: 経口咽頭内の反復投与や皮下ミニポンプによる慢性化。
- 老齢マウス: 加齢ハルマークの再現。
- 遺伝子改変マウス: Tert/Terc欠損マウス、TGF-β過剰発現マウス。
- Precision-Cut Lung Slices(PCLS): ヒト肺組織を用いたex vivo評価系として注目。
- 臨床エンドポイントのマウス導入: FVC/DFCO等を前臨床段階から測定し、前臨床-臨床ギャップの縮小を図る流れ。
6. 結論
IPF(原因不明の初期からの線維化)とPPF(様々な原因から最終的に線維化の自己永続ループに陥った状態)は、入り口は違えど出口(筋線維芽細胞の活性化と過剰なコラーゲン沈着)は同じです。この「共通の線維化経路」の発見が、抗線維化薬の適用拡大(INBUILD試験)と新規クラス薬(ネランドミラストのFDA承認)という2つの大きな医療の進歩をもたらしました。 今後は、senolytics(老化細胞除去薬)、anti-αvβ6 integrin抗体、メカノトランスダクション阻害薬など、共通経路の上流と中核を同時に断ち切る次世代の肺抗線維化薬の開発と、トランスレーショナルな前臨床評価系の精緻化が期待されています。
参考文献・臨床試験情報
1. Raghu G, et al. Idiopathic Pulmonary Fibrosis (an Update) and Progressive Pulmonary Fibrosis in Adults: An Official ATS/ERS/JRS/ALAT Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med. 2022;205(9):e18-e47. PubMed
2. Flaherty KR, et al. Nintedanib in Progressive Fibrosing Interstitial Lung Diseases (INBUILD). N Engl J Med. 2019;381(18):1718-1727. PubMed
3. Moss BJ, Ryter SW, Rosas IO. Pathogenic Mechanisms Underlying Idiopathic Pulmonary Fibrosis. Annu Rev Pathol. 2022;17:515-546. PubMed
4. Spagnolo P, Kropski JA, Jones MG, et al. Idiopathic pulmonary fibrosis: Disease mechanisms and drug development. Pharmacol Ther. 2021;222:107798. PubMed
5. Richeldi L, et al. Nerandomilast in Patients with Idiopathic Pulmonary Fibrosis (FIBRONEER-IPF). N Engl J Med. 2025. PubMed
6. Jenkins RG, et al. An Official American Thoracic Society Workshop Report: Use of Animal Models for the Preclinical Assessment of Potential Therapies for Pulmonary Fibrosis. Am J Respir Cell Mol Biol. 2017;56(5):667-679. PubMed
7. Kondoh Y, Inoue Y. Progressive Pulmonary Fibrosis: Current Status in Terminology and Future Directions. Adv Ther. 2025;42(7):2988-3001. PubMed
8. Liu S, et al. Mitochondrial dysfunction and alveolar type II epithelial cell senescence: The destroyer and rescuer of idiopathic pulmonary fibrosis. Front Cell Dev Biol. 2025;13:1535601. PubMed
9. Boehringer Ingelheim. "FDA approves JASCAYD® (nerandomilast), the first new treatment for idiopathic pulmonary fibrosis (IPF) in over a decade." October 7, 2025. BI Press Release