マクロファージの極性化(M1/M2)と線維化制御:アクセルとブレーキ
線維化におけるマクロファージの二面性(M1:炎症、M2:線維化/修復)を解説。M2サブタイプ(M2a/b/c)の役割や、線維化の進行・消退におけるスイッチ機構、治療標的としての可能性について紹介します。
マクロファージの極性化(M1/M2):線維化の「アクセル」と「ブレーキ」
はじめに:マクロファージの二面性
マクロファージは、単に病原体を食べるだけの細胞ではありません。 周囲の環境に応じて自身の性質を劇的に変化させる「可塑性(Plasticity)」を持ち、組織の破壊(炎症)から修復(線維化)、そして治癒(線維化の消退)まで、病態のあらゆるフェーズを指揮する司令塔です。 線維化研究において、マクロファージの極性化(Polarization)、特にM1型とM2型のバランスを理解することは極めて重要です。
1. M1マクロファージ:炎症の始動者(Pro-inflammatory)
活性化因子
- LPS(リポ多糖):細菌由来成分
- IFN-γ(インターフェロンガンマ):Th1細胞由来サイトカイン
主な役割
組織損傷の直後に現れ、炎症反応を惹起します。
- 炎症性サイトカインの放出:TNF-α、IL-1β、IL-6、IL-12を大量に産生し、好中球や単球を呼び寄せます。
- 殺菌作用:活性酸素種(ROS)やNO(一酸化窒素)を産生し、病原体を排除します。
- ECM分解:MMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)を産生し、初期の組織リモデリングに関わります。
線維化との関係
M1型は通常、線維化を促進しませんが、慢性的なM1活性化は持続的な組織損傷を引き起こし、結果として線維化のトリガーとなります。
2. M2マクロファージ:修復と線維化の推進者(Pro-fibrotic)
活性化因子
- IL-4、IL-13:Th2細胞由来サイトカイン
主な役割
炎症が収束に向かうと、マクロファージはM2型へと変化し、組織修復を促します。
- 抗炎症作用:IL-10やTGF-βを産生し、炎症を鎮静化させます。
- 組織修復:PDGF(血小板由来増殖因子)やIGF-1(インスリン様増殖因子)を分泌し、細胞増殖を促します。
- 線維化の促進:これが最大のポイントです。M2マクロファージはTGF-βの主要な供給源であり、線維芽細胞を筋線維芽細胞へと分化させ、コラーゲン産生を強力に誘導します。
M2のサブタイプ
M2マクロファージはさらに細分化されます。
- M2a(創傷治癒型):IL-4/IL-13で誘導。高レベルのTGF-β、PDGFを産生し、線維化を最も強力に推進します。
- M2b(制御型):免疫複合体で誘導。炎症抑制とTh2応答の促進に関与。
- M2c(不活性化/修復型):IL-10/グルココルチコイドで誘導。死細胞の貪食(Efferocytosis)やMMP-9産生による組織リモデリングに関与。
3. 線維化における「M1からM2へのスイッチ」
正常な治癒プロセス
- 傷害直後(M1優位):炎症により病原体や壊死組織を除去。
- 修復期(M2優位):M1からM2へシフトし、組織を修復・再生。
- 治癒完了:修復が完了するとM2は消失し、組織は元通りに。
病的な線維化プロセス
線維化疾患では、このスイッチ機構が破綻しています。
- M2の過剰・持続活性化:慢性的な損傷やTh2サイトカインの過剰により、M2マクロファージが居座り続けます。
- 終わらない修復:M2が過剰なTGF-βを出し続けるため、線維芽細胞が暴走し、必要以上のコラーゲンを堆積させ、臓器を硬くしてしまいます。
4. 線維化の「消退(Resolution)」とマクロファージ
興味深いことに、線維化を治す(消退させる)のもマクロファージの役割です。 線維化の回復期には、Ly6C-low(修復型)マクロファージが出現し、MMPを分泌して過剰なコラーゲンを分解することが知られています。 つまり、マクロファージは「線維化を作る細胞」であると同時に、「線維化を溶かす細胞」でもあるのです。
5. 治療標的としてのマクロファージ
戦略
- M2極性化の阻害:IL-4/IL-13シグナル(JAK/STAT6経路)を阻害し、過剰なM2化を抑える。
- M1への再プログラム:腫瘍免疫と同様に、M2をM1寄りに戻すことで線維化を抑制する試み。
- 特定のサブセット除去:線維化特異的なマクロファージ(例:SatM)のみを標的除去する。
結語
マクロファージの極性化制御は、線維化治療の「本丸」の一つです。 単にマクロファージを減らすのではなく、「悪いM2(線維化促進)」を抑え、「良いM2(修復・消退)」を活かすような、精密な制御が求められています。 当社の線維化モデルでは、フローサイトメトリーや免疫染色を用いて、組織内のM1/M2バランスを定量的に評価することが可能です。
参考文献
- Wynn TA, Vannella KM. Macrophages in tissue repair, regeneration, and fibrosis. Immunity. 2016;44(3):450-462.
- Murray PJ, et al. Macrophage activation and polarization: nomenclature and experimental guidelines. Immunity. 2014;41(1):14-20.
- Sica A, et al. Macrophage polarization in pathology. Cell Mol Life Sci. 2015;72(21):4111-4126.