特発性肺線維症(IPF)治療薬開発の最前線:承認薬の臨床的地位と次世代疾患修飾薬の網羅的解析
2025年、IPF治療はパラダイムシフトを迎えた。10年ぶりの新薬Nerandomilastの承認、吸入Treprostinilの成功、そして疾患修飾を予感させる第2相試験の有望化合物群を、非臨床データとあわせて網羅的に解析する。
1. 序論:IPF治療開発のパラダイムシフト
特発性肺線維症(Idiopathic Pulmonary Fibrosis: IPF)は、慢性かつ進行性の線維化性間質性肺炎であり、診断後の予後は極めて不良である。これまで、IPFの治療戦略は、肺機能の低下速度を緩やかにする「進行抑制」に主眼が置かれてきた。ピルフェニドンとニンテダニブという2つの抗線維化薬が標準治療(Standard of Care: SoC)として確立されて以来、約10年間にわたり新規薬剤の承認がない「イノベーションの空白期間」が続いていた。
しかし、2024年から2025年にかけて、この停滞は劇的に打ち破られようとしている。本報告書は、2025年10月に米国FDAの承認を取得した10年ぶりの新薬であるPDE4B阻害薬Nerandomilastをはじめ、第3相試験で主要評価項目を達成した吸入Treprostinil、さらには第2相試験において肺機能の「改善」や線維化の「退縮」を示唆する画期的なデータを示した次世代化合物群について、その臨床試験結果と作用機序(非臨床データ)を網羅的に調査・分析したものである。
本稿では、既存の承認薬の再評価から始まり、最新の第3相試験の成功と失敗の要因分析、そして疾患修飾(Disease Modification)の可能性を秘めた第2相試験の有望化合物について、詳細なデータに基づき論じる。特に、単なる情報の羅列にとどまらず、各薬剤が標的とする病態生理学的メカニズムと、それが臨床アウトカムにどのように結びついているのかという「トランスレーショナル」な視点を重視し、IPF治療の現在地と未来を浮き彫りにする。
2. 既存の承認薬と標準治療の現状
現在、日米欧を含む主要国でIPF治療薬として承認され、国際的なガイドラインでも推奨されているのは、ピルフェニドンとニンテダニブの2剤である。これらはIPFの進行を遅らせる効果が証明されているが、病気の進行を停止させるものではなく、副作用による忍容性の課題も残されている。
2.1 ピルフェニドン (Pirfenidone)
- 製品名: ピレスパ (日本), Esbriet (欧米)
- 開発: 塩野義製薬 (日本), Roche/Genentech (グローバル)
ピルフェニドンは、世界で初めてIPF治療薬として承認された抗線維化薬であり、多面的な作用機序を有する。
2.1.1 臨床試験における有効性と安全性
ピルフェニドンの承認は、主に多国籍第3相試験であるASCEND試験およびCAPACITY試験の結果に基づいている。ASCEND試験において、ピルフェニドン群はプラセボ群と比較して、52週時点での努力性肺活量(FVC)の低下を有意に抑制した。具体的には、FVCの年間低下率において、治療群では-164 mLであったのに対し、プラセボ群では-208 mL(または-280 mLとする解析もあり)という結果が示され、病勢進行のリスクを約48%低減させた。また、これらの第3相試験のプール解析からは、全死亡率およびIPF関連死亡率の低減効果も示唆されており、呼吸器関連の入院リスクも減少させることが報告されている。
日本における特異的な用量設定と臨床データ 注目すべきは、日本と欧米での承認用量の違いである。欧米では2403 mg/日が標準用量であるが、日本では1800 mg/日(高用量)または1200 mg/日(低用量)で承認されている。日本の第3相臨床試験では、1200 mg/日および1800 mg/日のいずれの用量においても、プラセボと比較してFVCの低下を有意に抑制し、無増悪生存期間(PFS)を延長することが示された。さらに、韓国におけるリアルワールドデータを用いた市販後調査研究でも、1800 mg/日以下の用量で十分な忍容性と有効性が確認されており、アジア人患者においては欧米よりも低い用量で治療効果が得られる可能性が示唆されている。
2.1.2 非臨床試験による作用機序の解明
ピルフェニドンの詳細な分子メカニズムは完全には解明されていないが、以下の多面的な作用が確認されている。
- TGF-β経路の抑制: 線維化のマスターレギュレーターであるTransforming Growth Factor-beta (TGF-β) の産生および活性化を抑制し、下流のシグナル伝達を遮断することで、線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化とコラーゲン産生を減少させる。
- 炎症性サイトカインの調節: ブレオマイシン誘発肺線維症モデルにおいて、IL-1β、IL-6、TNF-α、IFN-γ、MCP-1などの炎症性サイトカインのレベルを低下させることが示されている。
- コラーゲン線維形成の直接阻害: 近年の研究では、ピルフェニドンが既存のメカニズムに加え、コラーゲンI型の線維形成(fibril formation)そのものを阻害するという新しい知見が得られている。電子顕微鏡を用いた解析では、ピルフェニドン処理によりコラーゲン線維束の短縮と菲薄化が観察されており、細胞外でのコラーゲン集合プロセスに直接干渉している可能性が示唆された。
2.1.3 安全性と課題
主な副作用として、光線過敏症、皮疹、悪心、食欲不振、胃不快感などの消化器症状が挙げられる。これらは用量依存的であり、ASCEND試験やCAPACITY試験では約15%の患者が副作用により治療を中止している。この忍容性の問題に対し、吸入製剤(AP01)の開発も試みられており、第1b相試験(ATLAS)では経口剤よりも全身性の副作用が少なく、安定した肺機能維持効果が示唆されたが、現在主流となっているのは依然として経口製剤である。
2.2 ニンテダニブ (Nintedanib)
- 製品名: オフェブ (Ofev)
- 開発: ベーリンガーインゲルハイム
ニンテダニブは、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)であり、線維化に関与する複数の増殖因子受容体を標的とする分子標的薬である。
2.2.1 臨床試験における有効性と適応拡大
第3相INPULSIS試験(INPULSIS-1およびINPULSIS-2)において、ニンテダニブ(150 mg 1日2回)はIPF患者のFVC年間低下率をプラセボと比較して有意に抑制した。統合解析の結果、ニンテダニブ群のFVC低下率は-113.6 mL/年、プラセボ群は-223.5 mL/年であり、低下速度を約50%抑制する効果が示された。
進行性線維化を伴う間質性肺疾患(PF-ILD)への展開 ニンテダニブの最大の特徴は、IPF以外の「進行性線維化」を呈する間質性肺疾患(PF-ILD)や、全身性強皮症に伴う間質性肺疾患(SSc-ILD)に対しても承認されている点である。これは、原因疾患が異なっても「線維化が進行する」という共通の病態生理が存在し、それに対して抗線維化薬が有効であるという概念を臨床的に証明した点で画期的であった。
2.2.2 非臨床試験による作用機序の解明
ニンテダニブは、以下の3つの主要な受容体チロシンキナーゼを強力に阻害する。
- 血小板由来増殖因子受容体 (PDGFR-α/β)
- 線維芽細胞増殖因子受容体 (FGFR-1/2/3)
- 血管内皮細胞増殖因子受容体 (VEGFR-1/2/3)
これらの受容体を介したシグナル伝達を遮断することで、線維芽細胞の増殖、遊走、および筋線維芽細胞への形質転換を抑制する。
- in vitroデータ: IPF患者由来の線維芽細胞を用いた実験では、ニンテダニブはTGF-β刺激によるコラーゲンI、III、V型の発現、フィブロネクチンの分泌、およびコラーゲンシャペロン(FKBP10, HSP47)の発現を抑制した。また、ピルフェニドンと同様にコラーゲン線維の集合を阻害する作用も確認されているが、ニンテダニブはより低濃度でこの効果を発揮することが示されている。
- in vivoデータ: ブレオマイシン誘発モデルや、関節拘縮モデルなどにおいて、筋線維芽細胞のマーカーであるα-SMAの発現を有意に減少させ、組織の線維化を抑制する効果が確認されている。
2.2.3 安全性と薬物相互作用
最も頻度の高い副作用は下痢であり、臨床試験では60%以上の患者に発現している。その他、悪心、肝機能障害などが報告されており、定期的な肝機能モニタリングが必要とされる。ピルフェニドンとの併用については、薬物動態学的相互作用を検討した試験において、両剤の併用がそれぞれの血中濃度に臨床的に大きな影響を与えないことが確認されている。これは、将来的な併用療法の安全性基盤となる重要な知見である。
3. 第3相臨床試験の最新成果:10年ぶりのブレイクスルー
2024年から2025年にかけて、IPF治療薬開発は大きな転換点を迎えた。長らく新規承認がなかったこの領域において、Nerandomilastの承認と、吸入Treprostinilの第3相試験成功は、新たな標準治療の確立を意味する。
3.1 Nerandomilast (Jascayd): 選択的PDE4B阻害によるパラダイムシフト
- 開発: Boehringer Ingelheim
- 承認状況: 米国FDA承認 (2025年10月), 日本・EU等で審査中
Nerandomilast(BI 1015550)は、経口のホスホジエステラーゼ4B(PDE4B)選択的阻害薬である。従来の非選択的PDE4阻害薬(ロフルミラスト等)は、抗炎症作用を持つものの、消化器系副作用(激しい嘔吐や下痢)が用量制限因子となっていた。Nerandomilastは、炎症や線維化に深く関与するPDE4Bサブタイプを選択的に阻害することで、有効性と安全性のバランスを最適化した薬剤である。
3.1.1 第3相 FIBRONEER-IPF 試験の結果
FIBRONEER-IPF試験(NCT05321069)は、1,177名のIPF患者を対象に行われたグローバル第3相試験であり、本剤の承認の根拠となった。
- 試験デザイン: 患者はプラセボ群、Nerandomilast 9mg(1日2回)群、18mg(1日2回)群にランダム化された。重要な点は、既存の抗線維化薬(ニンテダニブまたはピルフェニドン)を併用している患者も登録可能であったことである。
- 主要評価項目(FVC変化量): 52週時点でのFVCのベースラインからの絶対変化量において、両用量群ともにプラセボ群と比較して有意な低下抑制効果を示した。
- 18mg群: -106 mL (プラセボ群との差 +64 mL程度)
- 9mg群: -122 mL (プラセボ群との差 +48 mL程度)
- プラセボ群: -170 mL この結果は、統計的に有意であり、臨床的にも意義のある進行抑制効果である。
- 米国サブグループ解析: 米国の患者(n=196)に限定した解析では、プラセボ群のFVC低下が-257.9 mLと大きかったのに対し、18mg群は-126.2 mL、9mg群は-152.7 mLとなり、約100〜130 mLの抑制効果(差)が示された。
- 副次評価項目: 急性増悪、呼吸器関連入院、死亡の複合エンドポイントにおいて、統計的有意差には至らなかったものの、リスク低減の傾向(ハザード比 0.74~0.86)が示された。特に全死亡リスクに関しては、名目上の有意な低減が観察されている。
3.1.2 進行性線維化を伴う間質性肺疾患(PPF)への効果
並行して実施された第3相FIBRONEER-ILD試験(NCT05321082)においても、NerandomilastはPPF患者のFVC低下を有意に抑制した。18mg群で-86 mL、9mg群で-69 mLの低下であったのに対し、プラセボ群は-152 mLの低下を示した。この結果に基づき、米国FDAはPPFに対する適応拡大も優先審査中である。
3.1.3 非臨床試験による作用機序の裏付け
Nerandomilastの成功は、以下の非臨床データによって生物学的に裏付けられている。
- PDE4B選択性: PDE4ファミリーの中でも、炎症細胞や線維芽細胞で発現が高いPDE4Bを選択的に阻害することで、細胞内cAMP濃度を上昇させる。これにより、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6など)の放出を抑制し、線維芽細胞の増殖と筋線維芽細胞への分化を阻止する。
- ブレオマイシンおよびシリカモデル: マウスを用いた肺線維化モデルにおいて、NerandomilastはTGF-β1/Smad経路および非Smad経路を阻害し、肺の炎症と線維化スコアを有意に改善した。
- ヒト細胞での効果: IPF患者由来の肺線維芽細胞において、筋線維芽細胞の収縮能を低下させ、脱分化(dedifferentiation)を誘導することが示された。また、血管内皮細胞においてはバリア機能を強化し、血管透過性を抑制することで、炎症細胞の浸潤を防ぐ作用も確認されている。
3.1.4 安全性と忍容性
主な副作用は下痢(18mg群で約43%)であったが、軽度から中等度であり、有害事象による試験中止率はプラセボ群(15.7%)よりも実薬群(10.7-12.9%)で低い傾向にあった。これは、実薬群での病勢コントロールが良好であったため、疾患進行による脱落が抑制されたことを示唆している。
3.2 吸入Treprostinil (Tyvaso): 肺血管と線維化の同時標的
- 開発: United Therapeutics
- 現状: TETON-2試験成功、米国承認申請準備中
プロスタサイクリン誘導体であるTreprostinilは、肺動脈性肺高血圧症(PAH)治療薬として既に承認されているが、吸入投与によるIPF治療薬としての開発が進められている。
3.2.1 第3相 TETON-2 試験の結果
TETON-2試験(NCT05255991)は、米国以外で実施されたIPF患者597名を対象とした第3相試験である。
- 結果: 吸入Treprostinil(1日4回)は、52週時点でのFVC絶対変化量において、プラセボ群と比較して**+95.6 mL**の有意な改善効果(差)を示した (p<0.0001)。
- 背景治療との相乗効果: 注目すべき点は、ニンテダニブまたはピルフェニドンを併用している患者群において、より明確な有意差が確認されたことである(併用なし群では数値的な改善にとどまった)。これは、Treprostinilが既存の抗線維化薬とは異なるメカニズムで相加的・相乗的に作用することを示唆している。
- その他の評価項目: QOL指標であるK-BILDスコアや、肺拡散能(DLCO)においても有意な改善が認められた。
- 安全性: 副作用として咳嗽(48.3%)、頭痛、呼吸困難などが報告されたが、これらは吸入プロスタサイクリン製剤で既知のものであり、新たな安全性シグナルは検出されなかった。
3.2.2 非臨床試験による作用機序
Treprostinilの抗線維化作用は、単なる血管拡張による血流改善だけではない。
- 直接的な抗線維化作用: プロスタグランジン受容体(IP, EP2, DP1)およびPPAR(Peroxisome Proliferator-Activated Receptor)を介して細胞内cAMPレベルを上昇させ、TGF-βやPDGFによって誘導される線維芽細胞の増殖とコラーゲン合成を強力に抑制する。
- ミトコンドリア機能の改善: IPF患者由来の線維芽細胞ではミトコンドリアの融合・分裂異常が見られるが、Treprostinilはこの異常を正常化し、細胞の恒常性を回復させることが示されている。
4. 第2相試験の有望化合物:疾患の「逆転」を目指して
現在進行中の第2相試験からは、FVCの低下を抑制するだけでなく、**「改善(増加)」**させる可能性を示唆するデータが登場している。これらは「疾患修飾薬(Disease Modifying Therapies)」として、IPF治療のゴールを根底から変える可能性がある。
4.1 BMS-986278 (Admilparant): LPA1阻害薬の最右翼
- 開発: Bristol Myers Squibb
- 作用機序: リゾホスファチジン酸受容体1 (LPA1) 拮抗薬
LPA-LPA1経路は、肺損傷後の線維芽細胞の遊走、血管透過性の亢進、アポトーシス抵抗性の獲得に関与する主要な線維化促進経路である。
- 第2相試験データ: IPFおよびPPF患者を対象とした試験において、60mg(1日2回)投与群は、プラセボ群と比較して26週間のFVC低下率を62%抑制した(IPFコホートでの変化率:60mg群 -1.2% vs プラセボ群 -2.7%)。
- 特徴: 背景治療の有無にかかわらず一貫した効果を示し、忍容性も良好であった。
- 現在: グローバル第3相試験(ALOFT-IPF, ALOFT-PPF)が進行中であり、2026-2027年の完了が見込まれている。
4.2 ENV-101 (Taladegib): 線維化の退縮と肺容積の増大
- 開発: Endeavor BioMedicines
- 作用機序: Hedgehog (Hh) 経路阻害薬
Hedgehog経路は、胎生期の発達に重要だが、成人の健康な肺では不活性である。しかしIPFでは、この経路が異常に再活性化し、筋線維芽細胞の生存とコラーゲン産生を持続的に駆動している(Wound Healingの暴走)。
- 第2a相試験データ: 12週間の投与で、プラセボ群がFVC -1.3%の低下を示したのに対し、ENV-101投与群は**+1.9%の改善(増加)**を示した。これは統計的に有意な差である。
- 構造的改善の可視化: HRCT画像のAI解析(Qureight社)により、全肺気量(TLC)の有意な増加(+200 mL vs プラセボ -56 mL)と、肺血管容積の減少が確認された。TLCの増加は、硬く収縮した肺が「柔らかさを取り戻した」ことを示唆し、血管容積の減少は炎症や鬱血の改善を反映している可能性がある。これらは従来の抗線維化薬では見られなかった現象である。
- 現在: 第2b相WHISTLE-PF試験が進行中である。
4.3 Buloxibutid (C21): AT2受容体刺激による組織修復
- 開発: Vicore Pharma
- 作用機序: アンジオテンシンIIタイプ2受容体 (AT2R) 作動薬
AT2Rは肺胞II型上皮細胞(AEC2)に特異的に発現しており、この受容体の刺激は「組織修復」「抗炎症」シグナルを誘導する。
- 第2a相試験 (AIR試験) データ: 36週間の投与で、FVCがベースラインから平均**+216 mL増加**した。未治療IPF患者の自然経過では同期間に約180 mLの低下が予想されるため、この結果は驚異的である。
- メカニズム: AEC2の保護と再生を促進し、正常な肺胞構造の再構築を促すことで、機能改善をもたらしている可能性がある。また、バイオマーカー解析ではコラーゲン分解酵素(MMP-13)の上昇が確認されており、既存の線維化の分解(Resolution)が起きていることが示唆された。
- 現在: 第2b相ASPIRE試験(52週間、プラセボ対照)が開始されている。
4.4 ISM001-055 (Rentosertib): AI創薬が導き出した新ターゲット
- 開発: Insilico Medicine
- 作用機序: TNIK (Traf2- and NCK-interacting kinase) 阻害薬
生成AIを用いて新規ターゲットとしてTNIKを同定し、さらにAIで分子設計された薬剤である。TNIKはTGF-β、Wnt、YAP/TAZといった主要な線維化シグナルの交差点に位置する。
- 第2a相試験データ: 中国で行われた試験で、60mg(1日1回)群において12週間でFVCがベースラインから**+98.4 mL改善**した(プラセボ群は-62.3 mLの低下)。用量依存的な改善効果が確認されている。
- 意義: AIが発見したターゲットに対し、AIが設計した分子が、ヒトでの臨床試験でPoC(概念実証)を達成した世界初の事例の一つであり、創薬プロセス自体の革新としても注目されている。
4.5 その他の有望株
- Axatilimab (Syndax/Incyte): 抗CSF-1R抗体。線維化を促進するマクロファージを標的とする。慢性GVHD(移植片対宿主病)での第3相成功(線維化抑制効果)を受け、IPFでの第2相MAXPIRe試験が進行中である。
- HZN-825 (Amgen/Horizon): 別のLPA1拮抗薬であり、現在第2b相試験が進行中である。
5. 失敗から学ぶ教訓:後期開発中止事例の分析
有望視されながらも第3相試験で主要評価項目を達成できなかった薬剤の分析は、今後の開発において極めて重要である。
5.1 Pamrevlumab (ZEPHYRUS-1 試験)
- 開発: FibroGen
- 標的: CTGF (Connective Tissue Growth Factor)
- 第3相試験: 48週時点でのFVC変化量にプラセボ群との有意差が見られなかった(p=0.29)。
- 失敗の要因: 第2相試験(PRAISE)のサンプルサイズが小さく、結果が過大評価されていた可能性(Regression to the mean)や、第3相で多くの患者がSoCを使用していたため、上乗せ効果が検出できなかった可能性が指摘されている。
5.2 Bexotegrast (BEACON-IPF 試験)
- 開発: Pliant Therapeutics
- 標的: αvβ6 / αvβ1 インテグリン
- 第2b/3相試験: 中間解析でFVC低下抑制の傾向(12週で+72 mL等の改善)は見られたものの、長期(平均33週)において「呼吸器関連入院や死亡」などの疾患進行イベントのリスクがプラセボ群より高くなるという安全性シグナルが確認され、試験が早期中止された。
- 教訓: インテグリンはTGF-βの活性化だけでなく、肺の免疫防御や恒常性維持にも関わっている。強力な阻害が予期せぬ感染症リスクや増悪リスクを高めた可能性があり、ターゲットの生物学的役割の複雑さを示している。
5.3 TTI-101 (REVERT 試験)
- 開発: Tvardi Therapeutics
- 標的: STAT3
- 第2相試験: FVCの改善効果を示せず、かつ消化器系副作用による脱落率が高かった(56-62%)ため失敗と判断された。プラセボ群のFVC低下が予想より小さかったことも有意差が出なかった一因とされている。
6. 非臨床試験の詳細データ:メカニズムの深掘り
6.1 Nerandomilastのメカニズム:なぜ「B」なのか
PDE4にはA, B, C, Dの4つのサブタイプがある。PDE4Dの阻害は嘔吐中枢を刺激し激しい悪心を誘発するが、NerandomilastはPDE4Bを選択的に阻害することでこれを回避している。
- 動物モデル: ブレオマイシン誘発マウスモデルにおいて、Nerandomilastは炎症細胞(マクロファージ、好中球)の浸潤を抑制し、TGF-β1やIL-6などのプロファイブロティックなサイトカインの発現を劇的に低下させた。
- シリカモデル: 難治性のシリカ誘発線維化モデルでも、NLRP3インフラマソームの活性化を抑制することで、線維化を軽減することが示されている。
6.2 TNIK阻害 (ISM001-055) のメカニズム
TNIKは、Wntシグナル、TGF-βシグナル、YAP/TAZシグナルなど、線維化に関わる主要な経路の下流でシグナルを統合する役割を果たす。さらに、TNIKは「老化」や代謝制御にも関与している。
- モデル動物: ブレオマイシンモデルや皮膚線維化モデルにおいて、ISM001-055は炎症と線維化の両方を強力に抑制した。この薬剤は、単に線維化を止めるだけでなく、老化した細胞の表現型を変えることで、組織の若返り(Rejuvenation)に近い効果をもたらしている可能性がある。
7. 結論と将来展望
2025年は、IPF治療薬開発の歴史において記念碑的な年となった。
- 新しい標準治療の確立: Nerandomilastの承認と吸入Treprostinilの成功により、患者は既存の抗線維化薬に加え、これらを上乗せする**多剤併用療法(Combination Therapy)**の恩恵を受けられるようになるだろう。これにより、FVCの低下速度は現在のSoC(約-110〜-150 mL/年)から、さらに緩やかなものへと改善されることが期待される。
- 「停止・改善」への挑戦: 第2相試験で見られるENV-101、Buloxibutid、ISM001-055のデータは、IPFが「進行を遅らせることしかできない病気」から、**「治癒あるいは管理可能な病気」**へと変わる可能性を示唆している。FVCの増加や肺容積の回復は、不可逆と思われていた線維化組織のリモデリングが可能であることを示している。
- 今後の課題: 第3相試験での検証が待たれるこれらの薬剤が、長期的な安全性と生存率の改善を証明できるかが鍵となる。また、Bexotegrastの失敗が示すように、強力な阻害がもたらす予期せぬ副作用への警戒も怠ってはならない。
今後のIPF治療は、個々の患者の病態(炎症優位か、線維化優位か、遺伝的背景はどうか)に基づき、最適な分子標的薬を組み合わせるプレシジョン・メディシンの時代へと突入していくであろう。
添付データ:IPF主要治療薬・開発化合物比較解析
表1: 現在承認されている主要IPF治療薬比較 (2025年12月時点)
| 薬剤名 (一般名) | 商品名 | 作用機序 | 承認状況 (日/米/欧) | 臨床的特徴・臨床試験参照 |
|---|---|---|---|---|
| Pirfenidone | ピレスパ / Esbriet | 多面的抗線維化<br>(TGF-β抑制, コラーゲン線維形成阻害) | 承認済 / 承認済 / 承認済 | ASCEND試験 (NEJM 2014; PMID: 24836312)<br>日本では低用量(1200mg)・高用量(1800mg)設定あり。 |
| Nintedanib | オフェブ / Ofev | チロシンキナーゼ阻害<br>(PDGFR/FGFR/VEGFR) | 承認済 / 承認済 / 承認済 | INPULSIS試験 (NEJM 2014; PMID: 24836313)<br>SSc-ILD, PF-ILDにも適応拡大。 |
| Nerandomilast | Jascayd | PDE4B選択的阻害 (cAMP上昇) | 申請中 / 承認済 (2025.10) / 申請中 | FIBRONEER-IPF試験 (NCT05321069)<br>10年ぶりの新薬。既存薬併用下でも有効。 |
表2: 有望な第3相・第2相臨床試験 網羅的解析一覧
| 区分 | 薬剤名 (コード名) | 作用機序/標的 | 臨床試験リンク | 臨床の要点・主要結果 |
|---|---|---|---|---|
| 承認 (米) | Nerandomilast<br>(BI 1015550) | PDE4B選択的阻害 | NCT05321069 (IPF)<br>NCT05321082 (PPF) | FIBRONEER-IPF (Ph3): FVC低下を有意に抑制 (-106mL vs -170mL)。<br>10年以上ぶりの新規作用機序薬。 |
| Ph3 | Treprostinil<br>(吸入, Tyvaso) | プロスタサイクリン誘導体<br>(IP受容体/cAMP) | NCT05255991 (TETON-2)<br>NCT04708782 (TETON-1) | TETON-2 (Ph3): FVC改良量でプラセボ比**+95.6mLの改善** (p<0.0001)。<br>既存薬併用での上乗せ効果あり。 |
| Ph3 | BMS-986278<br>(Admilparant) | LPA1拮抗 | NCT06003426 (ALOFT-IPF)<br>NCT04308681 (Ph2) | Ph2: 60mg群でFVC低下率を62%抑制。<br>現在ALOFT試験(Ph3)が進行中 (2026-2027年完了予定)。 |
| Ph2b | ENV-101<br>(Taladegib) | Hedgehog経路阻害 | NCT04968574 (Ph2a)<br>NCT06422884 (WHISTLE-PF) | Ph2a (Lancet Respir Med 2025; PMID: 41043447): FVC +1.9%改善。<br>HRCT解析で全肺気量(TLC)増加、血管容積減少を確認。 |
| Ph2b | Buloxibutid<br>(C21) | AT2受容体作動 | NCT06588686 (ASPIRE) | Ph2a (AIR): 36週でFVC +216mL増加。<br>未治療の自然経過に逆行する大幅な改善。ASPIRE試験進行中。 |
| Ph2a | ISM001-055<br>(Rentosertib) | TNIK阻害 | NCT05938920 (中国)<br>NCT05975983 (米国) | Ph2a: 12週でFVC +98.4mL改善 (60mg群)。<br>AI創薬によるターゲット・分子設計。 |
| Ph2b | Deupirfenidone<br>(LYT-100) | ピルフェニドン重水素化体 | Phase 2b (ELEVATE IPF) | ELEVATE IPF (Ph2b): 忍容性・PKの最適化。<br>ピルフェニドン改良型。 |
表3: 非臨床試験・文献参照一覧 (前臨床エビデンス)
本表は、各候補薬の作用機序を裏付ける主要な前臨床研究(動物モデル、in vitro実験)をまとめたものである。
| 薬剤名 | 非臨床モデル | 主要な知見・エンドポイント | 文献参照 (PMID) |
|---|---|---|---|
| Pirfenidone | ブレオマイシン誘発マウス肺線維症 | TGF-β抑制、炎症性サイトカイン (IL-1β, IL-6, TNF-α) 低下、コラーゲン蓄積抑制。 | 多数 (初期承認データ) |
| Nintedanib | ブレオマイシン誘発マウス/ラット肺線維症 | PDGFR/FGFR/VEGFR阻害による線維芽細胞増殖・遊走抑制、α-SMA発現減少。 | 多数 (初期承認データ) |
| Nerandomilast | ブレオマイシン誘発マウス肺線維症 (SSc-ILD) | TGF-β1/Smad経路抑制、肺炎症・線維化スコア改善。 | 39438343 |
| Nerandomilast | ブレオマイシン誘発ラット肺線維症 (治療的投与) | 肺機能パラメータの低下改善、バイオマーカー変化の解析。 | 39183442 |
| Treprostinil (吸入) | ブレオマイシン誘発マウス肺線維症 | 気管内投与により肺傷害・血管リモデリング・線維化を減弱。 | 31819797 |
| Treprostinil (吸入製剤) | ブレオマイシン誘発ラット肺線維症 | INS1009 (トレプロスチニルプロドラッグ) の治療的投与で線維化抑制。 | 29408453 |
| BMS-986278 (Admilparant) | ブレオマイシン誘発マウス肺線維症 | 肺線維化の抑制、in vitroでのLPA刺激シグナル遮断を確認。 | 34726410 |
| Taladegib (ENV-101) | 臨床試験 (Phase 2a) | Hedgehog経路阻害による線維化抑制を臨床試験で検証。FVC改善、TLC増加を確認。 | 41043447 |
参考文献
臨床試験登録 (ClinicalTrials.gov)
- FIBRONEER-IPF: NCT05321069
- FIBRONEER-ILD (PPF): NCT05321082
- TETON-2 (Treprostinil): NCT05255991
- TETON-1 (Treprostinil, US/Canada): NCT04708782
- ALOFT-IPF (BMS-986278): NCT06003426
- ENV-101 Phase 2a: NCT04968574
- WHISTLE-PF (ENV-101 Phase 2b): NCT06422884
- ASPIRE (Buloxibutid): NCT06588686
- Rentosertib Phase 2a (China): NCT05938920
主要論文 (PubMed)
- King TE Jr, et al. A Phase 3 Trial of Pirfenidone in Patients with Idiopathic Pulmonary Fibrosis. N Engl J Med. 2014;370(22):2083-92. PMID: 24836312
- Richeldi L, et al. Efficacy and Safety of Nintedanib in Idiopathic Pulmonary Fibrosis. N Engl J Med. 2014;370(22):2071-82. PMID: 24836313
- Nerandomilast SSc-ILD preclinical study. Clin Rheumatol. 2024. PMID: 39438343
- Nerandomilast fibrotic rats study. Br J Pharmacol. 2024. PMID: 39183442
- Treprostinil bleomycin mouse study. Pulm Circ. 2019;9(4). PMID: 31819797
- BMS-986278 discovery and preclinical study. J Med Chem. 2021;64(21):15883-15911. PMID: 34726410
- Taladegib Phase 2a for IPF. Lancet Respir Med. 2025;13(11):1001-1010. PMID: 41043447