炎症から線維化への移行メカニズム:マクロファージ極性化とEMT
なぜ慢性炎症は線維化を引き起こすのか?M1からM2へのマクロファージ極性化、TGF-βの二面性、上皮間葉転換(EMT)など、病的移行を駆動する細胞・分子メカニズムを詳述します。
炎症から線維化へ:病的移行のメカニズム
はじめに:なぜ炎症が線維化を生むのか?
急性炎症は、感染や損傷から身体を守るための正常な生理反応です。しかし、炎症が適切に収束せず慢性化すると、組織修復のプロセスが暴走し、「線維化」という不可逆的な病態へと移行します。 この「炎症から線維化への移行(Inflammation-to-Fibrosis Transition)」は、臓器を問わず共通して見られる病理学的現象であり、創薬のターゲットとして注目されています。 本記事では、この移行を駆動する細胞・分子メカニズムについて、Nature などのトップジャーナルの知見を基に解説します。
1. マクロファージの「顔つき変化」:M1からM2へ
炎症から線維化への移行において、最も重要な細胞はマクロファージです。 マクロファージは、環境に応じて「M1型(炎症性)」と「M2型(修復性)」に形質転換(Polarization)します。
M1型マクロファージ:炎症の起爆剤
- 活性化因子: LPS、IFN-γ
- 分泌物: TNF-α、IL-1β、IL-6(炎症性サイトカイン)
- 役割: 病原体の排除、組織の破壊(急性期に必要)
M2型マクロファージ:修復と線維化の促進
- 活性化因子: IL-4、IL-13(Th2サイトカイン)
- 分泌物: TGF-β、IL-10(抗炎症性)、PDGF(増殖因子)
- 役割: 組織修復の促進、しかし過剰になると線維化を加速
慢性炎症における「M1→M2シフト」
急性期にはM1型が優位ですが、炎症が慢性化すると、徐々にM2型へとシフトします。このM2型が持続的にTGF-βを分泌することで、線維芽細胞が筋線維芽細胞へと分化し、線維化が加速します(Frontiers in Immunology 2020)。
2. TGF-β:炎症と線維化をつなぐキーサイトカイン
**TGF-β(Transforming Growth Factor-beta)**は、炎症から線維化への移行を統括する「マスター・レギュレーター」です。
TGF-βの二面性
- 抗炎症作用: 急性期の過剰な炎症を抑える(IL-10と協調)。
- 線維化促進作用: 線維芽細胞を活性化し、コラーゲン産生を促進。
慢性炎症では、損傷した上皮細胞やM2マクロファージから持続的にTGF-βが放出され、炎症の「終結」ではなく「線維化の開始」へと転換します。
3. EMT(上皮間葉転換):上皮細胞が線維芽細胞に変身
もう一つの重要なメカニズムが、**EMT(Epithelial-Mesenchymal Transition)**です。
- 慢性炎症やTGF-β刺激により、上皮細胞が「間葉系細胞(Mesenchymal cells)」、すなわち線維芽細胞様の細胞へと変化します。
- この現象は、肺、腎臓、肝臓など、多くの臓器で観察されています。
- EMTを起こした細胞は、元の上皮としての機能を失い、逆にコラーゲンなどのECMを産生し始めます。
4. 炎症の「止め時」を逃すと:線維化への暴走
なぜ炎症が線維化へと移行してしまうのか?その鍵は、炎症収束機構の破綻にあります。
- SPM(Specialized Pro-resolving Mediators)の不足: 炎症を能動的に収束させる脂質メディエーター(レゾルビン、マレシンなど)の産生低下。
- Efferocytosis(死細胞の貪食)の障害: アポトーシスした好中球が適切に処理されず、壊死に移行し、炎症を増悪。
- 持続する刺激: ウイルス感染、自己免疫、化学物質への曝露など、排除できない要因。
これらが重なると、「急性炎症 → 炎症収束」という正常経路が遮断され、「慢性炎症 → 線維化」という病的経路へと逸脱します(Nature 2020)。
結語
炎症と線維化は、連続したスペクトラムの両端です。 抗炎症薬だけでは線維化を止められない理由は、線維化が炎症とは異なる独自のメカニズムで駆動されるためです。 「炎症を早く止める」だけでなく、「線維化への移行を防ぐ」あるいは「既に形成された線維化を逆行させる」というアプローチが、次世代の治療戦略として求められています。
当社が提供する各種疾患モデルは、この複雑な移行過程を段階的に評価し、新規治療薬のポテンシャルを多角的に検証するための最適なプラットフォームです。
参考文献
- Wynn TA, Vannella KM. Macrophages in Tissue Repair, Regeneration, and Fibrosis. Immunity. 2016;44(3):450-462.
- Distler JHW, et al. Shared and distinct mechanisms of fibrosis. Nat Rev Rheumatol. 2019;15(12):705-730.
- Henderson NC, et al. Fibrosis: from mechanisms to medicines. Nature. 2020;587(7835):555-566.