マッソントリクローム染色:原理、プロトコル、および線維化定量の完全ガイド
線維化評価に不可欠なマッソントリクローム(Masson's Trichrome)染色の原理と詳細プロトコル、シリウスレッド染色との使い分け基準、ImageJ等を用いたコラーゲン面積の自動定量法とアーティファクト対策・トラブルシューティングを包括的に解説します。
1. はじめに:マッソントリクローム染色とは
マッソントリクローム(Masson's Trichrome)染色は、組織学において結合組織、特にコラーゲン線維を特異的に染め分けるために広く用いられる3色染色法です。肝硬変、肺線維症、腎線維症、心筋線維化などの様々な疾患モデルにおいて、細胞の細胞質や筋線維と、細胞外マトリックス(ECM)であるコラーゲンを明確に区別し、線維化の度合いを視覚的かつ定量的に評価するための「ゴールドスタンダード」の一つとして機能しています。
一般的な染色結果は以下の通りです:
- 青色(または緑色): コラーゲン線維(結合組織)
- 赤色: 細胞質、筋線維、赤血球、ケラチン
- 黒色または暗褐色: 細胞核
2. 染色の原理
本染色法は、色素の分子量と組織の多孔性(透過性)の違いを利用しています。
- 鉄ヘマトキシリンによる核染色: まず、酸に強いワイゲルト(Weigert)鉄ヘマトキシリンを用いて細胞核を黒褐色に染色します。
- 小分子酸性色素による染色: 次に、分子量の小さい酸性色素(ビーブリッヒスカーレットや酸性フクシン)で組織全体を赤く染めます。
- リンタングステン酸 / リンモリブデン酸による分別: これらの多酸(polyacid)を作用させると、コラーゲン線維のような粗い構造からは赤い色素が拡散・脱色されます。同時に、これらの酸はコラーゲンに対してモルダント(媒染剤)として結合し、後続のアニリンブルーの定着を促進します。一方、細胞質や筋線維のような密な構造には赤い色素が残ります。
- 大分子アニリンブルーによるコラーゲン染色: 最後に、分子量の大きなアニリンブルー溶液で染色します(※ライトグリーンを用いる変法=いわゆるゴモリ・トリクローム/マッソン変法もあり、その場合コラーゲンは緑色に染まります)。この色素は細胞質などの密な構造には侵入できませんが、モルダントが結合した粗い構造のコラーゲン線維には選択的に浸透・結合し、青く染め上げます。本プロトコル第3章では一貫してアニリンブルーを前提に記載しています。
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3. マッソントリクローム染色 プロトコル詳細
以下は、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)切片を用いた標準的なアニリンブルー法のプロトコルです。
試薬の準備:
- ブアン(Bouin)固定液(スライド上の再固定用・推奨)
- ワイゲルト鉄ヘマトキシリン液(A液・B液を使用直前に等量混合)
- ビーブリッヒスカーレット・酸性フクシン液
- リンタングステン酸・リンモリブデン酸水溶液
- アニリンブルー水溶液
- 1% 酢酸水溶液
手順:
- 脱パラフィン・親水化: キシレンで脱パラフィン後、段階的エタノールを経て蒸留水まで親水化します。
- 再固定(オプションだが推奨): ブアン液にスライドを浸し、56℃で1時間、または室温で一晩処理します。その後、切片から黄色が消えるまで流水で水洗します(染色性が向上し、より鮮明な結果が得られます)。
- 核染色: 使用直前にA液・B液を等量混合したワイゲルト鉄ヘマトキシリン液で5〜10分間染色します(混合後は時間経過で染色力が徐々に低下するため、使用当日中の調製・使用を推奨。室温で概ね数日は使用可能だが、再現性確保の観点から 24 時間以内の使用が理想)。
- 水洗: 流水で10分間水洗した後、蒸留水で軽くすすぎます。
- 細胞質・筋線維染色: ビーブリッヒスカーレット・酸性フクシン液で5〜15分間染色します。
- 洗浄: 蒸留水で軽くすすぎます。
- 分別処理: リンタングステン酸・リンモリブデン酸水溶液に10〜15分間浸漬します。このとき、コラーゲンが脱色され、細胞質が赤く残っているか顕微鏡で確認できます。
- コラーゲン染色: 水洗せずに直接、アニリンブルー液に移し、5〜10分間染色します。
- 洗浄・色調調整: 蒸留水で軽くすすいだ後、1%酢酸水溶液に1〜2分間浸漬します(アニリンブルーの色調を整え、バックグラウンドをクリアにします)。過度に長く浸漬すると、コラーゲンの青色が退色する(過分別)ため注意が必要です。
- 脱水・透徹・封入: 95%エタノール、無水エタノールで迅速に脱水し(アニリンブルーの退色を防ぐため素早く行う)、キシレンで透徹後、非水溶性封入剤で封入します。
4. シリウスレッド染色との比較と使い分け
線維化の評価において、マッソントリクローム(MT)染色とピクロシリウスレッド(SR)染色はしばしば比較されます。研究の目的により適切に使い分けることが重要です。
| 特徴 | マッソントリクローム染色 (MT) | ピクロシリウスレッド染色 (SR) |
|---|---|---|
| 染色色 | コラーゲンは青、細胞質/筋は赤 | コラーゲンは赤、背景は黄色 |
| 感度と特異度 | 初期・微細な線維化の検出にはやや劣る 他のマトリックス成分も染まることがある | コラーゲンに対する特異性が極めて高い 細い線維(Type III)の検出に優れる |
| 偏光顕微鏡の利用 | 不可(明視野のみ) | 可能(コラーゲン線維の太さ・成熟度に基づく複屈折性を可視化できる。太い成熟線維は赤〜橙色、細い未成熟線維は緑色に見える) |
| 推奨される用途 | 組織全体の構造把握、炎症細胞浸潤の観察、病理学的な全体像のスコアリング(例: Ashcroft Score) | コラーゲンの厳密な定量、コラーゲン線維の成熟度・太さの解析 |
| 画像定量の手軽さ | 青と赤の分離は容易だが、細胞質の赤と重なることがある | 赤(コラーゲン)と黄(背景)のコントラストが高く、自動定量アルゴリズムに乗せやすい |
実務上の選択基準: 病態の全体的な重症度評価や毒性試験のスクリーニングにはMT染色が好まれ、特定の抗線維化薬の薬効評価において「どれだけコラーゲン沈着が減ったか」を厳密にデジタル定量(CPA: Collagen Proportional Area)する場合にはSR染色が好まれる傾向にあります。
5. デジタル画像解析による線維化の定量化 (ImageJ / FibroQuant)
人間の目による半定量的なスコアリングに加え、現在ではスライドスキャナーとデジタル画像解析(DIA)を用いた定量化が必須となっています。
ImageJ (Fiji) を用いた定量プロトコル概略:
- 画像取得: 均一な照明下で明視野画像を撮影します。
- Color Deconvolution(色分離): ImageJのプラグイン(Color Deconvolution)を使用し、ベクターに「Masson Trichrome」を選択します。このビルトインベクターはアニリンブルー系色素とビーブリッヒスカーレット/酸性フクシン系色素の2色素のみをモデル化しており、出力は「Channel 1:青系(コラーゲン)」「Channel 2:赤系(細胞質・筋線維等)」「Channel 3:残差(residual)」の3コンポーネントとなります。第3チャンネルは「核/ヘマトキシリン」を独立に分離したものではなく、2色素モデルでフィットしきれなかった数学的な残差である点に注意してください(ヘマトキシリンに対応するベクターは built-in には含まれません)。
- Thresholding(閾値設定): 定量には青チャンネル(Channel 1)のみを用い、閾値を設定してコラーゲン部分を二値化します。核の独立定量が必要な場合は、残差チャンネルで代用せず、別途ヘマトキシリン・エオジン(H&E)等の独立染色スライドを用意してください。
- Area Fraction(面積率)計算: 組織全体の面積(ROI)に対する、二値化されたコラーゲンの面積の割合(CPA)を計算します。
デジタル定量は客観性が高く、治療群とコントロール群間の微小な差を統計学的に検出するために極めて有効です。
6. トラブルシューティング
マッソントリクローム染色は多段階の工程を含むため、思い通りの結果が得られないことがあります。以下に一般的な問題とその対策をまとめます。
| 問題 | 主な原因 | 対策 |
|---|---|---|
| コラーゲンの青が薄い・染まらない | リンタングステン酸/リンモリブデン酸液の劣化(pH>2で不安定) | 試薬を新鮮に調製する。冷蔵保存を推奨 |
| 筋肉・細胞質が青紫に染まってしまう | アニリンブルーの反応時間が長すぎる | 顕微鏡で確認しながら5分程度から時間を調整する |
| 核の黒色が薄い・染まらない | ワイゲルト鉄ヘマトキシリンの調製不良 | 使用直前にA液・B液を等量混合する |
| ブアン処理後に黄色が残る | 流水洗浄が不十分 | 黄色が完全に消えるまで十分に流水で洗う |
| 青色が退色してしまう(全体的に赤い) | 酢酸による過分別、または脱水工程が遅い | 酢酸浸漬を1〜2分に短縮。脱水は素早く行う |
| 切片がスライドから剥離する(特に凍結切片) | 加温ブアン処理によるダメージ | コーティングスライド(ポリLリジン等)を使用する |
7. 凍結切片への適用
本記事のプロトコルはFFPE(ホルマリン固定パラフィン包埋)切片向けですが、凍結切片にもマッソントリクローム染色は適用可能です。主な注意点は以下の通りです。
- 前固定: 凍結切片は組織が脆弱なため、まず10%ホルマリン(亜鉛不含)で約30分間固定してから染色工程に入ります。
- ブアン処理: 56℃での加温処理は切片の剥離リスクが高いため、室温で一晩処理に変更することを強く推奨します。
- スライドの選択: ポリLリジンコートスライドなど、接着性の高いスライドの使用が必須です。
- 凍結アーチファクト: 急速凍結が不十分な場合、氷晶形成による組織のスポット状・空胞状のアーチファクトが生じることがあります。これは染色エラーではなく組織処理の問題です。
8. 安全上の注意
[!CAUTION] ピクリン酸(ブアン固定液の成分)は乾燥状態で爆発の危険性があります。 ブアン固定液を取り扱う際は、容器の蓋が固着しないよう注意し、加温処理時には十分な換気を確保してください。使用済みの廃液は施設の危険物処理規定に従い適切に処分してください。
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参考文献
1. Goldner J. A modification of the Masson trichrome technique for routine laboratory purposes. Am J Pathol. 1938;14(2):237-243. (PubMed)
2. Hübner RH, et al. Standardized quantification of pulmonary fibrosis in histological samples. BioTechniques. 2008;44(4):507-511, 514-517. (PubMed)
本記事の引用(How to cite)
本プロトコル記事は研究・教育目的での引用・再利用を歓迎します。
APA形式:
Fibrosis-Inflammation Lab. (2026). マッソントリクローム染色:原理、プロトコル、および線維化定量の完全ガイド. Retrieved from https://www.fibrosis-inflammation.com/ja/insights/tech_masson_trichrome_staining
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