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2025-12-18

シリウスレッド染色:線維化評価の原理・プロトコル・解析法

線維化評価のゴールドスタンダードであるシリウスレッド(Picro-Sirius Red)染色の原理、詳細な実験プロトコル、マッソントリクローム染色との比較、定量解析のコツを徹底解説します。

シリウスレッド染色:線維化評価の原理・プロトコル・解析法

はじめに

シリウスレッド染色(以下、PSR染色)は、組織内のコラーゲン繊維を特異的に検出するための染色法であり、肝線維症、肺線維症、腎線維化などの研究においてゴールドスタンダードとして広く用いられています。

マッソントリクローム(MT)染色と比較して、コラーゲンに対する特異性が高く、かつ画像解析による定量化が容易であるという大きな利点があります。

1. 染色の原理

シリウスレッド色素(Sirius Red F3B、C.I. 35782)は強い酸性の陰イオン性染料です。ピクリン酸飽和溶液に溶解させることで、コラーゲン分子の塩基性アミノ酸残基と特異的に結合し、繊維を鮮やかな赤色に染め出します。

偏光顕微鏡下では、シリウスレッド分子がコラーゲン繊維に平行に配向することで複屈折性が増強されます。一般に太い成熟繊維(主にI型コラーゲン)は赤~黄色、細い繊維(主にIII型コラーゲン)は緑色に観察されますが、厳密な型判定には免疫染色との併用が推奨されます。


2. マッソントリクローム染色との比較

以下の表は、線維化評価におけるPSR染色とMasson's Trichrome (MT) 染色の違いをまとめたものです。

結合組織の成分PSR染色 (Sirius Red)MT染色 (Masson)
膠原繊維 (Collagen Fibers)<br><small>太い束 (= I型コラーゲン)</small>赤色 (強陽性)青色 (濃染)
細網繊維 (Reticular Fibers)<br><small>細い網目 (= III型コラーゲン)</small>赤色薄い青 / 染まりにくい
弾性繊維 (Elastic Fibers)<br><small>エラスチン (= 非コラーゲン)</small>染まらない (黄色)染まらない (赤っぽくなる)
筋繊維・細胞質 (Muscle)染まらない (黄色)赤色

結論:

  • PSR染色は「コラーゲン(赤)」と「背景(黄)」のコントラストが高いため、自動画像解析による定量に最適です。
  • MT染色は「コラーゲン(青)」と「筋肉(赤)」を染め分けられるため、組織全体の形態観察に優れています。

3. 実験プロトコル

必要な試薬

  • Picro-Sirius Red 染色液: Sirius Red F3B 0.5g を飽和ピクリン酸水溶液 500ml に溶解(約0.1% w/v)。冷暗所保存で3年以上安定 [[1]]。
  • 酢酸水洗浄液: 蒸留水 1L + 氷酢酸 5ml(0.5%酢酸水)。
  • その他: キシレン、エタノール系列(100%, 95%, 90%, 80%)、封入剤。

手順 (Step-by-Step)

  1. 脱パラフィン・親水化: キシレン(3回)→ エタノール系列 → 蒸留水。
  2. [任意]核染色: ワイゲルト鉄ヘマトキシリン液で5-10分染色。(酸で脱色されやすいアルミ系ヘマトキシリンは避ける)。
  3. 染色: PSR染色液に室温で60分間浸漬。
  4. 洗浄 (重要): 0.5% 酢酸水で2回洗浄

    注意: 水洗は絶対に行わないでください。コラーゲンから色素が抜けてしまいます。

  5. 脱水・封入: 100%エタノール(3回交換)で急速脱水し、キシレンで透徹後、封入。

推奨される切片厚

偏光観察を行う場合、切片厚は6~7 μmが推奨されます。厚すぎると黄色寄りに見えることがあります [[3]]。

トラブルシューティング

  • 染色が薄い: 染色液が古くなっていないか確認するか、反応時間を延長してください。
  • バックグラウンドが高い: 酢酸洗浄が不十分です。洗浄液を新しくし、2回しっかり洗ってください。
  • 細胞質が赤い: 脱パラフィン不足、または染色液の劣化(加水分解)が疑われます。

4. 定量解析のヒント

PSR染色は背景(黄色)と繊維(赤)のコントラストが高いため、ImageJやQuPathなどのソフトで容易に解析できます。

  • 指標: Fibrosis Area %(全組織面積に対する陽性エリアの割合)が標準的です。
  • コツ: RGB画像よりもCIELAB色空間に変換し、'a*' チャンネル(赤-緑成分)を使うと、赤色成分をきれいに抽出できます。

5. FAQ(よくある質問)

Q: 偏光顕微鏡がなくても使えますか? A: はい。通常の明視野顕微鏡でも赤いコラーゲンを観察・定量できます。偏光観察は繊維の「成熟度」や「配向性」を追加で評価したい場合のオプションです。

Q: 染色したスライドはどれくらい持ちますか? A: 退色しにくいため、暗所に保存すれば数年単位で安定しています。

Q: エラスチン(弾性繊維)は染まりますか? A: いいえ、染まりません。黄色または無色(背景色)になります。


6. 線維化モデルでの活用例

以下のモデルでは、PSR染色による線維化面積率が主要な評価項目(Primary Endpoint)として採用されています。

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参考文献

  1. Emory University Histology Services. "Picrosirius Red Staining Procedure for Collagen."
  2. Junqueira LC, Bignolas G, Brentani RR. Picrosirius staining plus polarization microscopy, a specific method for collagen detection in tissue sections. Histochem J. 1979;11(4):447-455.
  3. MedChemExpress. "Picro-Sirius Red Staining Kit Protocol."

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