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2025-12-19
ヒドロキシプロリン定量法プロトコル:線維化評価のゴールドスタンダード
組織中のコラーゲン総量を定量するヒドロキシプロリンアッセイ(Hydroxyproline Assay)の詳細プロトコル。酸加水分解の条件、吸光度測定の手順、トラブルシューティングを解説します。
ヒドロキシプロリン定量法プロトコル:線維化評価のゴールドスタンダード
はじめに
シリウスレッド染色などの組織学的評価は「分布」を見るのに優れていますが、切片を切る場所によって結果が変わる「サンプリングバイアス」のリスクがあります。 これに対し、ヒドロキシプロリン定量法(Hydroxyproline Assay) は、組織サンプル中のコラーゲン総量を生化学的に絶対定量する方法であり、前臨床創薬研究における客観的評価の「ゴールドスタンダード」とされています。
ヒドロキシプロリンはコラーゲン分子に特異的に多く含まれる(重量の約13.5%)アミノ酸であるため、これを測定することでコラーゲン量を算出できます。
1. 原理
伝統的な比色法(Woessner法)は、以下の3つの化学反応に基づいています。
- 酸加水分解: 強酸(6M HCl)で組織を煮沸し、タンパク質をアミノ酸に分解します。
- 酸化反応: 遊離したヒドロキシプロリンをクロラミンT(Chloramine-T) で酸化し、ピロール中間体を形成させます。
- 発色反応: 中間体がエールリッヒ試薬(Ehrlich’s Reagent) と反応し、赤紫色の色素(吸収波長 550–570 nm)を生成します。
2. 実験プロトコル
必要な試薬
- 加水分解バッファー: 6M 塩酸(HCl)。
- 酸化液: クロラミンT をクエン酸/酢酸バッファー(pH 6.0)に溶解したもの。
- 発色液(エールリッヒ試薬): p-ジメチルアミノベンズアルデヒド(DMAB)を過塩素酸/イソプロパノールに溶解したもの。
- スタンダード(標準品): Trans-4-hydroxy-L-proline。
手順 (Step-by-Step)
Step 1: サンプル調製と加水分解
重要: 加水分解が不完全だと、コラーゲン量を過小評価します。
- 組織片を秤量します(湿重量 10-50 mg程度)。
- 10~20倍量の 6M HCl を加えます(例:組織 10 mg + HCl 200 µL)。
- スクリューキャップ付き耐熱バイアルに入れ、110°C 〜 120°C で 18~24時間(一晩) インキュベートします。
- コツ: 蒸発を防ぐため、キャップはきつく閉めてください。
Step 2: サンプル処理
- 加水分解液を遠心(10,000 x g, 10分)し、不溶物を取り除きます。
- 酸の除去(乾燥または中和):
- 乾燥法(推奨): 60°Cで減圧または通気乾燥させ、酸を完全に飛ばします。その後、水を加えて再溶解します。[感度が高い]
- 中和法: NaOHを加えて pH 6.0-7.0 に調整します。[早いが塩の影響が出ることがある]
Step 3: 発色反応
- 96ウェルプレートにサンプルまたはスタンダード 50 µL を入れます。
- 酸化液(クロラミンT)100 µL を加え、室温で 20分間 反応させます。
- 発色液(エールリッヒ試薬)100 µL を加え、60〜65°C で 15〜20分間 インキュベートします。
- プレートリーダーで吸光度 550-570 nm (OD560) を測定します。
3. 計算と解釈
- 検量線: スタンダード濃度(µg/well)とOD560をプロットし、検量線を作成します(R² > 0.99 を確認)。
- 計算:
総コラーゲン量 (µg) = (ヒドロキシプロリン量 (µg) × 希釈倍率) / 0.135- 注: コラーゲンの重量の約13.5%がヒドロキシプロリンです。
- 規格化: 組織重量あたりのコラーゲン量(µg Collagen / mg Tissue)として算出します。
4. トラブルシューティング
| 問題 | 考えられる原因 | 対策 |
|---|---|---|
| シグナルが低い | 加水分解不足 | オーブンの温度を確認し、確実に一晩反応させる。 |
| バックグラウンドが高い | クロラミンTの劣化 | 酸化液は用時調製する(不安定なため)。 |
| 検量線の直線性が悪い | pHのズレ | 発色反応はpHに敏感です。サンプルが中性(pH 6-7)になっているか確認。 |
| データのバラつき | サンプルの不均一性 | 組織全体をホモジナイズしてから一部を取り分けることで改善します。 |
5. 代替法:キット vs LC-MS/MS
市販キット (QuickZyme, Sigmaなど)
- メリット: 試薬調製の手間がない。「Total Collagen Kit」など、酸加水分解なしで酵素処理だけで測定できる製品もあり、安全で早い。
- デメリット: 1サンプルあたりのコストが高い。
LC-MS/MS (液体クロマトグラフィー質量分析)
- メリット: 最高の特異性と感度。Pro-C3(形成マーカー)とC3M(分解マーカー)の区別などが可能。
- デメリット: 高価な機器と専門知識が必要。
結論
肺・肝臓・腎臓などの線維化モデルにおいて、ヒドロキシプロリン定量法は依然として最もコスト対効果が高く、信頼できる一義的な評価法です。 シリウスレッド染色 による「質」の評価と組み合わせることで、データの信頼性は飛躍的に高まります。
参考文献
- Woessner JF Jr. The determination of hydroxyproline in tissue and protein samples containing small proportions of this imino acid. Arch Biochem Biophys. 1961;93:440-447.
- Reddy GK, Enwemeka CS. A simplified method for the analysis of hydroxyproline in biological tissues. Clin Biochem. 1996;29(3):225-229.