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2026-03-12

ImageJを用いた線維化定量ガイド:マッソントリクローム・免疫染色の画像解析プロトコル

オープンソースの画像処理ソフト「ImageJ (Fiji)」を使用して、マッソントリクローム染色やピクロシリウスレッド染色、免疫組織化学(IHC)のデジタルスライドから線維化面積を正確に定量(面積率:Area Fraction)するための実践的な手順を解説します。

Fibrosis-Inflammation Lab サイエンスチーム 監修

1. はじめに:なぜ画像定量(Image Analysis)が必要か?

線維症の研究において、ヒドロキシプロリン定量やELISAのような「生化学的なバルク評価」だけでなく、**「組織形態学的な空間情報の評価」**が極めて重要です。線維化が血管周囲(Perivascular)に生じているのか、間質(Interstitial)に広がっているのか、あるいはアシュクロフトスコアのように構造改変を伴っているのかは、画像解析によってしか証明できません。

かつての病理評価は「スコアリング(0〜4点などの半定量評価)」に依存していましたが、主観性が強く再現性に課題がありました。今日では、**ImageJ(特にFijiディストリビューション)などのソフトウェアを用いた客観的かつ連続的な定量値(Area Fraction: 面積率 %)**の算出が、論文投稿や前臨床試験データにおいて標準化されています。

本稿では、線維化評価で最も頻繁に用いられる染色法に対するImageJの具体的な解析プロトコルを順を追って解説します。

2. 準備:Fiji (ImageJ) の導入と基本設定

ImageJには多くのプラグインが同梱された**Fiji (Fiji is just ImageJ)**を使用することを強く推奨します。

  1. Fijiのダウンロード: 公式サイト (https://imagej.net/software/fiji/) からOSに合わせてダウンロード・インストールします。
  2. 画像の準備: デジタルスライドスキャナー(NDPI, SVS形式等)や顕微鏡カメラ(TIFF, JPG保存)で取得した画像を用意します。
    • 注意点: 照明のムラ(シェーディング)やホワイトバランスの補正は、画像取得の段階で必ず済ませておいてください。定量結果の再現性に直結します。

3. プロトコルA:マッソントリクローム(MT)染色の定量

マッソントリクローム染色では、コラーゲン線維が青色(または緑色)に、筋線維や細胞質が赤色に、核が黒紫色に染まります。課題は、背景の白、細胞質の赤、コラーゲンの青をシステムに正しく認識(分離)させることです。

Step 1: Color Deconvolution(色分離)による特定色素の抽出

RGBのフルカラー画像のままでは「青色だけ」を正確に閾値処理するのは困難です。Fiji標準プラグインのColor Deconvolutionを使用します。

  1. 画像を開き、メニューから Image > Color > Color Deconvolution を選択します。
  2. Vectorsプルダウンから 「Masson Trichrome」(または類似のベクトル)を選択します。
    • ※独自の色味でスキャンされている場合は、ROIツールで青・赤・背景を指定して独自のベクトルを作成(From ROI)した方が精度が上がります。
  3. 3つのグレースケール画像(Colour_1, 2, 3)が生成されます。このうち、「青色成分(コラーゲン)」が黒く濃く抽出された画像のみを残し、他は閉じます。

Step 2: Thresholding(閾値処理)による二値化

抽出したグレースケール画像を、コラーゲン(陽性領域)とそれ以外(背景)の白黒画像(二値化画像)に変換します。

  1. 目的の画像を選択し、Image > Adjust > Threshold (Ctrl+Shift+T) を開きます。
  2. ヒストグラムを見ながら、スライダーを動かしてコラーゲンが赤くハイライトされるように閾値を設定します。
    • *自動閾値(Auto: HuangやOtsuなど)を試すのも有効です。同一プロジェクト内では、可能な限り**同じ閾値アルゴリズム(または固定数値)*を全サンプルに適用してバイアスを排除してください。
  3. 「Apply」をクリックし、完全な白黒画像(0と255)にします。

Step 3: Area Fraction(面積率)の測定

  1. Analyze > Set Measurements を開き、「Area」「Area Fraction」「Limit to threshold」にチェックを入れます。
  2. Analyze > Measure (Ctrl+M) を実行します。
  3. Resultsウィンドウに %Area が表示されます。これが画像全体の面積に対する線維化面積(青色領域)の割合です。

4. プロトコルB:ピクロシリウスレッド(PSR)染色の偏光画像定量

シリウスレッド染色はコラーゲンを赤く染めますが、**偏光顕微鏡(Polarized light microscopy)**下で観察すると、コラーゲンタイプや成熟度に応じて赤、黄、緑の複屈折(Birefringence)を示します。暗い背景(黒)にコラーゲン(輝度)が浮かび上がるため、自動定量に極めて適しています。

  1. グレースケール変換: 画像を開き、Image > Type > 8-bit で白黒画像に変換します。
  2. 閾値処理: Image > Adjust > Threshold で、背景の黒いノイズを除去し、光っているコラーゲン線維だけをハイライトします。
  3. 測定: プロトコルAと同様に Measure を実行し、%Areaを算出します。
  • Advanced: Type I(太い・赤〜黄の偏光)とType III(細い・緑の偏光)を分けて定量したい場合は、8-bit変換前にRGBのHue(色相)スレッショルドを用いて、特定の色相範囲のピクセルのみを抽出してから面積を測定します。

5. プロトコルC:免疫組織化学(IHC)におけるDABの定量

α-SMA(活性化筋線維芽細胞マーカー)や特定のマクロファージマーカーなど、酵素抗体法(DAB発色・茶色 / ヘマトキシリン対比染色・青色)で染色されたスライドの定量です。

  1. 色分離: Image > Color > Color Deconvolution で、Vectorsに 「H DAB」 を選択します。
  2. 生成された3つの画像のうち、「DAB(茶色)」に対応する画像を選択します。
  3. 以後は閾値処理(Threshold)→ 測定(Measure)と同手順で、DABの陽性面積率を算出します。

6. 自動化とハイスループット化:Macro(マクロ)の活用

数十〜数百枚の画像を1枚ずつ手作業で解析するのは非現実的であり、人為的ミスの原因となります。ImageJの強力な機能である**Macro(自動処理スクリプト)**を活用しましょう。

Plugins > Macros > Record... を開き、1枚の画像に対する一連の操作(Deconvolution → Threshold → Measure)を実行すると、その操作がスクリプト言語として記録されます。これを Process > Batch > Macro に組み込むことで、フォルダ内の全画像に対して瞬時に同じ解析フローを適用できます。

[!TIP] CROへの委託による高度化 単純な閾値処理ベースのImageJ解析では、「アーティファクト(組織の折れ線、気泡)」や「本来カウントすべきでない血管壁のコラーゲン」まで線維化として過剰評価してしまうリスクがあります。 近年、最新のCROサービスでは、AI(ディープラーニング)モデルを活用し、「アーティファクトの自動除外」や「間質領域のみの特異的抽出」を行ったうえで、より精度の高い線維化定量(AI Pathology)を提供しています。

7. まとめ

ImageJ (Fiji) を用いたデジタル画像の線維化定量は、世界中の論文で採用されている堅牢な手法です。「Color Deconvolutionによる色分離」と「一貫した閾値設定」が正確なデータ取得の肝となります。生化学的なコラーゲン総量(ヒドロキシプロリン等)のデータと、ImageJによる形態学的・空間的データ(%Area)を組み合わせることで、極めて説得力の高い薬効証明が可能となります。