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2025-12-22

MASH治療薬開発の包括的解析:臨床・非臨床データの比較と将来展望

2024年のResmetirom承認を皮切りに激変するMASH治療開発の最前線を徹底解説。臨床試験(Phase 2/3)と非臨床GAN DIO-MASHモデル等のデータを比較し、Semaglutide, Lanifibranor, Efruxiferminなど次世代薬のポテンシャルと作用機序の相関、そして日本特有のLean MASHに対する展望を専門家向けに詳述します。

1. 序論:MASH治療開発のパラダイムシフト

疾患概念の変遷とアンメットメディカルニーズ

かつて非アルコール性脂肪肝炎(NASH: Non-Alcoholic Steatohepatitis)と呼ばれた疾患は、近年、その病態生理学的本質をより正確に反映するため、**代謝機能不全関連脂肪肝炎(MASH: Metabolic dysfunction-associated Steatohepatitis)**へと名称が変更されました。この変更は単なる用語の修正にとどまらず、肥満、2型糖尿病、脂質異常症といった代謝因子の集積が肝病変の進行に深く関与していることを強調するものであり、治療薬開発のターゲットを全身の代謝改善へと拡大させる契機となりました。

MASHは、単純な脂肪肝(Steatosis)から、肝細胞の風船様変性(Ballooning)、炎症(Inflammation)、そして線維化(Fibrosis)へと進行する慢性進行性疾患です。特に線維化ステージF2(中等度)およびF3(高度)の患者においては、肝関連イベントによる死亡リスクが飛躍的に増大することが知られています。

長年にわたり薬物療法が存在しなかった「死の谷」とも呼ばれるこの領域において、2024年は歴史的な転換点となりました。米国FDAによる**Resmetirom(レスメチロム)**の承認は、MASH治療における初の成功例となり、後続の薬剤開発を加速させています。

[!NOTE] 本記事の目的 本記事では、承認薬Resmetiromおよび現在臨床開発後期にある有望化合物群(Semaglutide, Lanifibranor, Efruxifermin, Denifanstatなど)について、臨床試験結果と非臨床試験データを網羅的に比較・解析します。非臨床モデルでのメカニズムがいかに臨床結果を予測しうるか、そして日本特有の「痩せ型MASH」への戦略を含め、今後の標準治療(Standard of Care)形成を展望します。

2. 承認薬Resmetirom(THR-βアゴニスト)の深層分析

Resmetirom(商品名: Rezdiffra)は、2024年3月にFDAによって「中等度から高度の肝線維化(F2-F3)を伴う非肝硬変MASH成人患者」の治療薬として世界で初めて承認されました。

作用機序(MOA):肝選択性による安全性確立

Resmetiromは、甲状腺ホルモン受容体ベータ(THR-β)に対する経口選択的アゴニストです。

  • THR-β: 肝臓に高発現し、脂質代謝やミトコンドリア機能を制御。
  • THR-α: 心臓や骨に分布し、過剰刺激は頻脈や骨粗鬆症のリスク。

ResmetiromはTHR-αに対して約28倍の選択性を持ち、心臓や骨への副作用を回避しつつ、肝臓内でのみT3様の作用(ミトコンドリアβ酸化促進、新規脂肪合成の抑制)を発揮します。

第3相MAESTRO-NASH試験:歴史的データの詳細

FDA承認の根拠となった第3相試験(52週時点の生検データ)の結果は以下の通りです。この試験は、FDAが提唱する2つの代替エンドポイントの両方で統計学的有意差を達成した史上初の試験となりました。

試験情報: MAESTRO-NASH (NCT03900429)

評価項目プラセボ (n=321)Resmetirom 80mg (n=322)Resmetirom 100mg (n=323)P値
MASH消失<br>(線維化悪化なし)9.7%25.9%29.9%< 0.0001
線維化改善<br>(≥1段階かつNAS悪化なし)14.2%24.2%25.9%< 0.0001
LDL-C変化率<br>(24週)+0.1%-13.6%-16.3%< 0.0001
  • MASH消失: プラセボの約3倍の奏効率。炎症とバルーニングが消失。
  • 線維化改善: F3(高度線維化)のような進行例においても改善を確認。
  • 安全性: 主な副作用は下痢と悪心(軽度〜中等度)。肝障害シグナルなし。

非臨床データとの高いトランスレーション

Resmetiromの開発成功は、非臨床試験での強固なエビデンスに支えられています。特にGAN DIO-MASHマウスモデル等でのデータは、臨床結果を高度に予測していました。

  • 肝脂肪と炎症: マウスでの肝中性脂肪減少および炎症性サイトカイン(TNF-α, MCP-1)抑制は、臨床でのMRI-PDFF低下(-30%〜-50%)と相関。
  • 線維化修復: 直接的な線維化抑制というより、脂肪毒性と炎症の解除による「肝細胞の回復」に伴う二次的な修復促進であることが非臨床から示唆されており、これは臨床試験でMASH消失と線維化改善が並行して生じた結果と整合します。

3. 次世代の主力候補:Incretin関連製剤

GLP-1受容体作動薬を中心としたインクレチン関連製剤は、強力な体重減少効果を介してMASHを改善する「代謝改善型アプローチ」の代表です。

Semaglutide(GLP-1):圧倒的なMASH消失率

Novo Nordisk社のSemaglutideは、第3相ESSENCE試験においてResmetiromを上回る劇的な組織学的改善効果を示しました。

試験情報: ESSENCE (NCT04822181)

ESSENCE Part 1 (F2-F3 MASH, 72週) 結果概要

  • MASH消失: Semaglutide 2.4mg群 62.9% vs プラセボ 34.1%
  • 線維化改善: Semaglutide 2.4mg群 37.0% vs プラセボ 22.5%
  • 体重減少: Semaglutide群 -10.5% vs プラセボ -2.0%

MASH消失率62.9%は圧倒的であり、強力な体重減少が肝病態の改善に直結することを証明しています。非臨床では、カロリー制限による間接作用に加え、PI3K/AKT/mTORC1経路抑制を介したDNL低下などの直接作用も示唆されています。

Tirzepatide & Survodutide:デュアルアゴニストの威力

より強力な代謝改善効果を持つデュアルアゴニストも驚異的なデータを叩き出しています。

薬剤名機序試験 (NCT番号)MASH消失率線維化改善率特徴
TirzepatideGLP-1/GIPSYNERGY-NASH (Ph2b, 52週)73.3% (15mg)54.2%最大級の体重減少効果とMASH消失率。Ph3準備中。
SurvodutideGLP-1/GlucagonSYNCHRONY-1 (Ph2, 48週)43-62%64.5% (F2-F3)グルカゴンによるエネルギー消費増大。LIVERAGE Ph3進行中。

4. 線維化への直接的アプローチ:FGF21 & PPAR & FASN

インクレチン製剤とは異なり、肝臓の線維化や炎症へより直接的に作用する薬剤群は、進行した線維化(F3-F4)や、体重減少を必ずしも必要としない患者層にとって重要です。

Efruxifermin (FGF21): 肝硬変の「逆転」への期待

FGF21アナログであるEfruxiferminは、長期投与で非常に高い線維化改善効果を示しています。

  • HARMONY試験 (Ph2b) [NCT04767529]: 96週時点で**75%**が線維化改善を達成(F2-F3患者)。
  • SYMMETRY試験 (F4肝硬変) [NCT05039450]: 肝硬変患者においても96週時点で線維化改善(逆転)の傾向(39% vs 15%)が確認され、不可逆とされた肝硬変治療への可能性を拓いています。
  • 現在: Ph3 SYNCHRONY試験群が進行中(2026年前半データ予定)。

Lanifibranor (Pan-PPAR): 全方位的な肝保護

PPARα/δ/γすべてを活性化するPan-PPARアゴニスト。

  • NATIVE試験 (Ph2b) [NCT03008070]: 「MASH消失」かつ「線維化改善」の複合エンドポイントを達成した唯一の経口薬。
  • NATiV3試験 (Ph3) [NCT04849728]: F2-F3患者対象、1,009名登録完了。2026年後半にトップライン結果予定。
  • 特徴: マウスモデル(GAN DIO-NASH)において、線維化ステージの退縮を明確に示した数少ない薬剤であり、直接的な抗線維化作用が強力です。日本での開発も進行中(Hepalys Pharma社によるPh1開始)。

Denifanstat (FASN阻害): 脂肪合成の直接遮断

新規脂肪合成(DNL)を律速酵素レベルで遮断します。

  • FASCINATE-2試験 (Ph2b) [NCT05976230]: 52週、F2-F3患者対象。線維化改善率 30% (ITT) / 41% (mITT) vs プラセボ 14% / 18%。F3患者での効果が高く、治療必要数(NNT)は4-6。
  • Ph3移行: FDA Breakthrough Therapy指定取得済み。
  • 特徴: 経口薬。Resmetiromとは異なる機序を持つため、併用パートナーとしても期待されます。

5. 臨床データと非臨床モデルの統合的比較

これまでの主要な臨床試験データと、それを裏付ける非臨床メカニズムを比較整理します。

主要薬剤の臨床データ比較サマリー(Phase 2b/3)

次の表は、各薬剤のプラセボ対照試験における主要エンドポイントの達成率をまとめたものです。試験デザインや対象患者が異なるためhead-to-headの比較ではない点に留意が必要です。

薬剤 (Class)試験名 (NCT)MASH消失率<br>(実薬 vs PBO)線維化改善率<br>(実薬 vs PBO)非臨床での主要所見
Resmetirom<br>(THR-β)MAESTRO-NASH (Ph3)~30% vs 10%~26% vs 14%GAN DIO-MASHで肝脂肪・炎症の大幅改善が先行、線維化は二次的に改善。
Semaglutide<br>(GLP-1)ESSENCE (Ph3)~63% vs 34%~37% vs 23%体重減少に依存した劇的な肝脂肪消失。線維化退縮効果はモデルでは中等度。
Tirzepatide<br>(GLP-1/GIP)SYNERGY-NASH (Ph2b)~73% vs 13%~54% vs 33%最強の代謝改善。モデルでも最大級の脂肪減少効果。
Survodutide<br>(GLP-1/Glucagon)SYNCHRONY-1 (Ph2)43-62% vs N/A~65% vs 26%<br>(F2-F3)グルカゴン作用による強力な抗線維化シグナル。
Efruxifermin<br>(FGF21)HARMONY (Ph2b)~62% vs 24%~75% vs 24%<br>(96w長期)体重減少効果以上の強力な直接的抗線維化作用を確認。
Lanifibranor<br>(Pan-PPAR)NATIVE (Ph2b)~49% vs 22%~48% vs 29%モデルで明確な線維化退縮を示し、臨床での高い線維化改善率と合致。
Denifanstat<br>(FASN)FASCINATE-2 (Ph2b)~36% vs 13%~41% vs 18%DNL阻害による直接的な脂肪毒性解除。F3線維化に有効。

非臨床モデルからの示唆

  • GAN DIO-MASHモデルの有用性: 現代の標準モデルとされるGAN DIO-MASHマウスは、生検確認可能なNASH、進行性線維化、肝癌への進展を再現しており、ResmetiromやLanifibranorの臨床効果を高い精度で予測しました。
  • メカニズムの差異: GLP-1製剤は「脂肪消失先行型」であるのに対し、LanifibranorやEfruxiferminは「抗線維化並行・先行型」の挙動を示します。これは臨床において、GLP-1がMASH消失(脂肪・炎症)に圧倒的な強みを持つ一方、FGF21やPPARは線維化改善率でそれをも上回る数値を示すことと整合しています。

6. 日本における開発と「痩せ型MASH」への展望

開発・承認動向

現在日本で承認されたMASH治療薬はありませんが、以下の動きが活発化しています。

  • Semaglutide (Wegovy): 既に肥満症薬として日本で利用可能。ESSENCE試験の良好な結果を受け、MASH適応追加の申請が確実視されます。
  • Lanifibranor: フランスのInventiva社がHepalys Pharmaとライセンス契約を締結。2025年2月より日本人対象の第1相試験が開始され、日本市場への導入が具体的になっています。日本における特許は2039年まで確保されています。
  • 国内企業の動向: 武田薬品工業はTYK2阻害薬等の開発を進めており、MASH領域への応用も視野に入れている可能性があります。

「痩せ型MASH (Lean MASH)」の課題

欧米のMASH患者の多くはBMI 30以上の高度肥満ですが、日本を含むアジアではBMI 25未満の非肥満者でもMASHを発症する「痩せ型MASH」の割合が約20-30%を占めます。

  • 課題: SemaglutideやTirzepatideのような強力な体重減少薬は、痩せ型患者には筋肉量減少(サルコペニア)のリスクがあり不向きな場合があります。
  • 解決策: 体重減少に依存しないResmetirom (THR-β)Lanifibranor (PPAR)、**Denifanstat (FASN)**といった薬剤のニーズは、欧米以上に日本で高いと言えます。特にResmetiromは体重への影響が中立的であり、日本の臨床現場において重要な選択肢となるでしょう。

7. 結論と将来展望:併用療法と非侵襲診断の時代へ

MASH治療は、Resmetiromの登場により「管理可能な疾患」への第一歩を踏み出しました。今後の展望として、以下の3点が鍵となります。

  1. 治療の層別化 (Precision Medicine):
    • 肥満・糖尿病合併 → Incretins (Semaglutide, Tirzepatide)
    • 線維化高度 (F3-F4)・非肥満 → Liver Targets (Resmetirom, Efruxifermin, Lanifibranor)
  2. 併用療法の進展: 「全身代謝改善(GLP-1)」+「肝直接作用(THR-β/FASN)」の併用(例:Semaglutide + Resmetirom)は、より深い寛解と線維化逆転を目指す次なる標準治療となる可能性があります。
  3. 非侵襲的診断 (NITs) の確立: 肝生検に代わるMRI-PDFFや血液バイオマーカー(FIB-4, ELF, Mac-2bpGi)による診断・効果判定の普及が、実臨床での治療アクセスを飛躍的に向上させるでしょう。

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資料:MASH主要治療薬・開発化合物比較解析

表1: 承認済み・第3相臨床試験段階の主要MASH治療薬

薬剤名商品名作用機序承認状況<br>(日/米/欧)臨床試験・特徴
ResmetiromRezdiffraTHR-β選択的アゴニスト未承認 / 承認済 (2024.3) / 承認済MAESTRO-NASH試験 [NCT03900429]<br>世界初のMASH承認薬。F2-F3患者対象。
SemaglutideWegovy/OzempicGLP-1受容体作動薬承認済(肥満) / 承認済(肥満) / 承認済ESSENCE試験 [NCT04822181]<br>MASH消失率62.9%。米欧で申請準備中。

表2: 有望な第2相・第3相臨床試験 網羅的解析一覧

開発段階薬剤名 (コード名)作用機序/標的臨床試験リンク臨床の要点・主要結果
Ph3SemaglutideGLP-1受容体作動薬NCT04822181 (ESSENCE)ESSENCE Ph3: MASH消失62.9% vs 34.1%。線維化改善36.8% vs 22.4%。体重-10.5%。
Ph3準備TirzepatideGLP-1/GIP デュアルNCT04166773 (SYNERGY-NASH)SYNERGY-NASH Ph2b: 15mg群でMASH消失73.3%。最高の奏効率。
Ph3SurvodutideGLP-1/GlucagonNCT06555016 (LIVERAGE)<br>NCT06216353 (SYNCHRONY-1)Ph2: F2-F3患者で線維化改善64.5% vs 25.9%。FDA Breakthrough Therapy指定。
Ph3Efruxifermin (EFX)FGF21アナログNCT04767529 (HARMONY)<br>NCT05039450 (SYMMETRY)<br>NCT06463912 (SYNCHRONY)HARMONY Ph2b: 96週で線維化改善75%<br>SYMMETRY: F4肝硬変患者で線維化逆転39% (96週)。
Ph3LanifibranorPan-PPAR (α/δ/γ)NCT03008070 (NATIVE)<br>NCT04849728 (NATiV3)NATIVE Ph2b: MASH消失+線維化改善の複合達成。<br>NATiV3 Ph3: 1,009名登録完了、2026後半結果予定。日本Ph1開始。
Ph3準備DenifanstatFASN阻害薬NCT05976230 (FASCINATE-2)FASCINATE-2 Ph2b: 線維化改善41% (mITT) vs 18%。NNT=4-6。F3患者で特に有効。
Ph3準備Pegozafermin (PEG-FGF21)FGF21アナログ (PEG化)NCT05006885 (ENLIVEN)<br>NCT05931887 (ENLIGHTEN-Fibrosis)ENLIVEN Ph2b: 線維化改善26% (30mg週1回) vs 7%。<br>ENLIGHTEN Ph3: 2027前半結果予定。

表3: 非臨床試験データ (前臨床モデルと主要所見)

薬剤名非臨床モデル主要な知見・エンドポイントトランスレーション性
ResmetiromGAN DIO-MASHマウスNASスコア≥2改善、肝TG/TC減少、α-SMA発現低下(全モデルで効果)、Sirius Red染色面積減少。高い: 臨床でのMASH消失・線維化改善率と高度に一致。
SemaglutideGAN DIO-MASHマウスNASスコア≥2改善、体重減少22%、脂肪化・炎症の有意改善、α-SMA発現低下。線維化ステージ退縮は不明瞭。中等度: MASH消失率の高さは予測。線維化改善は臨床で予想以上の効果。
LanifibranorGAN DIO-MASHマウスNASスコア≥2-3改善(14/15匹)、体重減少28.9%、線維化ステージの退縮を確認した唯一の化合物非常に高い: 直接的抗線維化作用を明確に予測。
Efruxifermindb/dbマウス、STAMモデルアディポネクチン上昇、PRO-C3低下、血糖低下30-60%。線維化マーカー改善。高い: 長期での線維化改善効果を示唆。

参考文献

臨床試験登録 (ClinicalTrials.gov)