ATS 2026プレビュー:IPF・肺線維症で注目すべき6つの臨床開発トピック
2026年5月17-20日、Orlando開催のATS International Conferenceを前に、IPF・進行性肺線維症(PPF)領域で注目すべき臨床試験・パイプライン・非臨床研究のハイライトを整理します。Nerandomilast承認後の新しい標準治療の動きを解説。
本記事の位置付け
American Thoracic Society(ATS)International Conferenceは、世界最大規模の呼吸器系学会であり、肺線維症領域の主要臨床試験データが毎年ここで初めて発表される。本プレビューは、ATS 2026を前に、IPF(特発性肺線維症)および進行性肺線維症(PPF)領域でウォッチすべき臨床開発テーマを6つのトピックに整理する。個別のLate-Breaking Abstract番号は会期開始直前(5月中旬)にATS公式サイトで公開されるため、本稿では企業の公開IRおよびPubMed既掲載論文に基づく「検証可能な文脈」のみを扱う。
本稿の方針:具体的なAbstract ID・セッション番号は推測せず、公式プログラム公開を待つ。各トピックは、企業の公式プレスリリース・IR・査読付き論文・臨床試験登録(ClinicalTrials.gov)で裏取り可能な情報のみで構成した。
会議の基本情報
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 正式名称 | ATS 2026 International Conference |
| 会期 | 2026年5月17日(日)〜5月20日(水) |
| プレカンファレンス | 2026年5月15日(金)〜5月16日(土) |
| 会場 | Orange County Convention Center, Orlando, FL, USA |
| プレナリー講演 | Rana Awdish, MD(ヘンリー・フォード病院) |
| 想定抄録数 | 科学抄録500以上、ケースレポート100以上 |
| アクセス方法 | ATSConference365(公式ウェブハブ)+ Conference App(5月初旬公開予定) |
Late-Breaking Abstractの採否通知は2026年3月中旬に著者に通知済みで、採択分は会期中にAmerican Journal of Respiratory and Critical Care Medicine(AJRCCM)のOnline Abstract Issueとして公開される。
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IPF治療の現在地:2025年以降の急速な転換
2025年10月7日、米国FDAはNerandomilast(Jascayd®、Boehringer Ingelheim)をIPF適応で承認し、続いて2025年12月19日にはPPF(進行性肺線維症)適応でも承認を取得した。Pirfenidone・Nintedanibに続く約10年ぶりの新規IPF治療薬であり、既存薬との併用可能なPDE4B選択的阻害薬として、IPF/PPF標準治療(Standard of Care)の構造を変えた(Nerandomilast詳細解説参照)。
同時に、United Therapeutics社のTETON-2試験(吸入Treprostinil、Tyvaso)がNEJM 2026年3月号に全結果が掲載され、IPFに対するsNDA(supplemental NDA)提出が2026年後半に予定されている。さらに、LPA1受容体拮抗薬Admilparant(BMS-986278)のPhase 3や、Deupirfenidone(LYT-100, PureTech)のPhase 3 SURPASS-IPF試験が2026年前半に相次いで始動しており、IPF治療は「進行抑制」から「疾患修飾・併用療法」へと転換期を迎えている。
ATS 2026は、この転換期のリアルタイムスナップショットを提供する場となる。以下、非臨床研究者・CRO・製薬関係者の視点で特にウォッチすべき6トピックを整理する。
Topic 1:Nerandomilast承認後の「次の質問」—Real-World/Subgroup解析
なぜ重要か:Nerandomilast承認(2025年10月)は、10年以上ぶりのIPF新薬である。ATS 2026は承認後初の大型学会であり、FIBRONEER-IPF/FIBRONEER-ILDのサブグループ解析、Nintedanib併用時の安全性プロファイル、早期脱落例の特徴などのpost-hoc解析が発表される可能性が高い。
想定される発表テーマ:
- Nerandomilast + Nintedanib併用群における消化器系有害事象の実態
- ベースラインFVC、GAP scoreごとの治療反応性サブグループ解析
- FIBRONEER-ILD(PPF)におけるfibrosing ILDサブタイプ別効果
- Real-world post-marketingデータ(承認後6ヶ月時点)
非臨床研究への示唆:PDE4B阻害薬の評価系は、ブレオマイシンモデルでの治療的投与プロトコル(Day 7以降投与)とNintedanib併用群の設定が標準化されつつある(ブレオマイシンモデルの落とし穴参照)。ATS 2026で併用プロトコルの臨床データが拡充されれば、非臨床でも併用群設計がさらに重要になる。
Topic 2:吸入Treprostinil(Tyvaso)のIPF適応—TETON-1 Readoutが焦点
なぜ重要か:United Therapeutics社は2026年3月、TETON-2試験の全結果をNEJMに発表した(吸入TreprostinilがIPF患者のFVCをプラセボ比+95.6 mL改善)。続いて2026年3月30日には並行試験TETON-1のtopline readoutが公表され、FVC改善+130.1 mL・主要評価項目達成が報告された。これらPhase 3 2試験連続陽性を受け、肺線維症におけるプロスタサイクリン経路の臨床的妥当性が確立し、sNDAサポート資料が揃った。ATS 2026では両試験の詳細サブグループ解析・長期追跡データが発表される見込み。
想定される発表テーマ:
- TETON-2・TETON-1のpost-hoc解析(IPF進行パターン別、併用療法別)
- TETON-1 topline(2026-03-30公表)の詳細データ(サブグループ・安全性)
- 吸入デバイス(Tyvaso Inhalation System)の使用コンプライアンスとQOL指標
- プロスタサイクリン経路の線維化抑制メカニズム(非臨床)
非臨床研究への示唆:吸入薬の前臨床評価は、通常の経口投与モデルとは異なり、エアロゾル送達装置・肺内薬物動態・局所濃度の実測が必須となる。PCLS(精密肺スライス)を用いたex vivo評価系は、吸入薬候補のスクリーニングに適している(PCLS解説参照)。
Topic 3:LPA1受容体拮抗薬Admilparant(BMS-986278)—Phase 3読み解き
なぜ重要か:Admilparant(旧称BMS-986278)のPhase 3試験は2026年10月完了予定であり、ATS 2026では中間解析・長期追跡データが注目される。LPA1(Lysophosphatidic Acid Receptor 1)は線維芽細胞活性化の重要ドライバーであり、Phase 2でFVC低下抑制効果が確認されていた(LPA1拮抗薬BMS-986278詳解参照)。
想定される発表テーマ:
- Admilparant Phase 3の有効性・安全性中間データ
- LPA1経路バイオマーカー(LPAレベル、LPA1発現)と治療反応性の相関
- 他の抗線維化経路(TGF-β、Wnt)との併用可能性
- 類似薬(BMS過去薬剤、他社LPA1プログラム)との比較
非臨床研究への示唆:LPA1評価系は、AAV-TGFβ肺線維化モデルやBleomycin長期モデルと相性が良い。線維芽細胞活性化の定量(αSMA、Col1a1 qPCR)と、LPAレベルの血漿・BAL測定をセットで設計することが望ましい。
Topic 4:Deupirfenidone(LYT-100, PureTech)—次世代Pirfenidone戦略
なぜ重要か:Deupirfenidone(LYT-100)は、既存Pirfenidoneの重水素化改変体であり、半減期延長と副作用軽減を狙う。PureTech Healthは2026年H1にPhase 3 SURPASS-IPF試験を開始予定で、ATS 2026ではEnd-of-Phase 2データの詳細や試験デザインが発表される可能性が高い。
想定される発表テーマ:
- Deupirfenidone 825 mg TID vs Pirfenidone 801 mg TIDの薬物動態比較
- SURPASS-IPF試験の詳細デザイン(エンドポイント、エントリー基準)
- Pirfenidone既治療患者への切り替え戦略
- GI副作用プロファイルの改善度合い
非臨床研究への示唆:重水素化薬の評価では、CYP代謝パスウェイのin vitro比較(ヒト肝ミクロソーム、組換えCYP酵素)が必須。前臨床効力試験では、既存Pirfenidoneとhead-to-headの群設計が推奨される。
Topic 5:Bexotegrast(Pliant)中止事例—Integrin阻害薬クラスの安全性議論
なぜ重要か:Pliant Therapeutics社は、Bexotegrast(αvβ6/αvβ1 integrin阻害薬)のBEACON-IPF試験を2025年に中止した。Bexotegrast投与群でIPF関連有害事象(急性増悪、呼吸器関連入院、全死亡)の不均衡が検出されたためである。ATS 2026では、中止理由の詳細データ、作用機序の再評価、Integrin阻害薬クラス全体の安全性シグナルに関する発表が注目される。
想定される発表テーマ:
- BEACON-IPF中止データの詳細(有害事象分類、タイミング、Kaplan-Meier)
- Integrin αvβ6/αvβ1阻害の長期投与(>33週)における安全性リスク
- Integrin阻害薬の開発継続可能性(他社パイプライン、他疾患適応)
- 代替ターゲット(αvβ3、αvβ5、ECM結合domainsなど)への展開
非臨床研究への示唆:Integrin阻害薬の安全性評価では、長期投与試験(>12週)における肺以外の臓器線維化への影響、感染症リスク、創傷治癒遅延を事前に検討することが重要である。Bexotegrast事例は、ターゲットエンゲージメントが証明されても、長期投与で副作用が顕在化する典型例として今後の創薬パラダイムに影響する。
Topic 6:AI診断・IPFバイオマーカー—トランスレーショナル研究の深化
なぜ重要か:IPF診療の臨床課題である早期診断・進行予測・治療反応性予測に対し、AI病理画像解析・血液バイオマーカー・遺伝子多型が統合された予測モデルの研究が急速に進んでいる。ATS 2026では、以下の方向性で複数の発表が見込まれる。
想定される発表テーマ:
- 高分解能CT画像のAI解析による線維化進行予測(fibrosis quantification)
- 血清バイオマーカー(KL-6、SP-D、MMP-7、ECM turnover markers)の予後予測性能
- MUC5B多型とNerandomilast治療反応の関連
- デジタルスパイロメトリー(在宅FVC測定)と遠隔医療
非臨床研究への示唆:バイオマーカーの前臨床→臨床トランスレーションには、動物モデルにおける血漿・BAL・肺組織の縦断的サンプリング設計が必要である(IPFバイオマーカー詳解参照)。ATS 2026で統合的バイオマーカーパネルの臨床性能が公開されれば、前臨床モデルでも同一パネルの評価が創薬開発のゴールドスタンダードとなる。
非臨床研究者・CROが押さえるべき5つのポイント
| ポイント | 内容 | 既存記事リンク |
|---|---|---|
| 1. 併用療法評価の標準化 | Nerandomilast、Nintedanib、次世代薬との多群併用設計が必須 | IPF治療薬ランドスケープ2026 |
| 2. 治療的投与プロトコル | Bleomycinモデルでは Day 7以降の投与開始が臨床に即した評価 | Bleomycinモデルの落とし穴 |
| 3. トランスレーショナル評価系 | PCLS(精密肺スライス)・iPS肺オルガノイド等、ヒト組織ベースのex vivo評価 | PCLS ex vivo線維化評価 |
| 4. 長期安全性評価 | Integrin阻害薬等の新規MoAでは >12週長期モデルが必須 | 肺線維症モデル選択ガイド2026 |
| 5. バイオマーカー統合 | 血漿・BAL・組織の縦断サンプリング、臨床パネルとの整合性 | IPFバイオマーカー |
ATS 2026を最大限活用するための準備
- ATSConference365に事前登録し、関心のあるアブストラクトを絞り込む
- Conference App(5月初旬公開)でマイスケジュールを作成
- Late-Breaking Abstract採択分はAJRCCM Online Abstract Issueとして会期中に公開される
- 対面参加できない場合も、Livestream対象セッションが一部ある
- Respiratory Innovation Summit(投資家・クリニシャン合同、Boehringer Ingelheim等スポンサー)で企業パイプライン情報を入手
まとめ:2026年はIPF創薬の「併用療法元年」
ATS 2026は、Nerandomilast承認という転換点の直後に開催される最初の大型学会であり、以下3点が特に注目される:
- Nerandomilastの実臨床運用データ(併用、サブグループ、安全性)
- 次世代候補薬の動向(Treprostinil、Admilparant、Deupirfenidone等、複数MoAがPhase 3へ)
- Bexotegrast中止を受けた安全性評価の再考(Integrin阻害薬クラス全体)
IPF治療は、ピルフェニドン・ニンテダニブの「進行抑制」時代から、Nerandomilastを起点とする「併用療法と疾患修飾」時代へ移行した。非臨床研究・CRO・製薬企業の開発戦略も、併用評価・長期安全性・トランスレーショナルバイオマーカーを前提とした再設計が求められる。
ATS 2026会期終了後には、主要発表をまとめたRecap記事を公開予定である。
関連記事
- IPF治療薬の全貌 2026年版 — Nerandomilast承認後のIPF治療パイプラインの網羅解析
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- IPF vs PPF:進行性線維化の分類と治療戦略 — FIBRONEER-ILDの対象となる疾患の理解
- 肺線維症動物モデル選択ガイド2026 — Bleomycin・Silica・加齢マウスの使い分け
- PCLS(精密肺スライス)によるex vivo線維化評価 — ヒト肺組織を用いたトランスレーショナル評価系
- IPF肺バイオマーカー — KL-6、SP-D、MMP-7等の臨床バイオマーカーの前臨床対応
参考文献・一次情報
- ATS 2026 International Conference 公式サイト. https://conference.thoracic.org/
- American Thoracic Society Conference Program. https://site.thoracic.org/conference
- Richeldi L, et al. FIBRONEER-IPF: A phase 3 trial of nerandomilast in idiopathic pulmonary fibrosis. N Engl J Med. 2025.
- United Therapeutics. TETON-2 Phase 3 Results Published in NEJM. March 2026 Press Release.
- Boehringer Ingelheim. FIBRONEER Phase 3 Trials Program. https://www.boehringer-ingelheim.com/human-health/lung-diseases/pulmonary-fibrosis/fibroneer-ph3-trials-patients-ipf-other-pf-ilds
- Pliant Therapeutics. BEACON-IPF Trial Update. Investor Relations Release, 2025.
- FDA News Release. FDA approves Jascayd (nerandomilast) for idiopathic pulmonary fibrosis. October 7, 2025.
- Idiopathic Pulmonary Fibrosis (an Update) and Progressive Pulmonary Fibrosis in Adults: An Official ATS/ERS/JRS/ALAT Clinical Practice Guideline. PubMed: 35486072.
開示:本記事は公開情報(ATS公式サイト、企業プレスリリース、査読付き論文、ClinicalTrials.gov)のみを基に編集しています。特定企業との金銭的・契約的関係はありません。セッション番号・Abstract IDは公式プログラム公開後に追記・修正します。