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2025-11-24

炎症のメカニズムと収束(Resolution):慢性化を防ぐ能動的プロセス

炎症は単なる防御反応ではなく、組織修復への重要なステップです。急性炎症の開始から、SPM(特異的炎症収束メディエーター)やEfferocytosisによる能動的な「収束」、そして慢性化への移行メカニズムを解説します。

炎症のメカニズム:防御から修復、そして慢性化へ

はじめに:炎症とは何か?

「炎症(Inflammation)」は、感染や組織損傷に対する生体の防御反応であり、本来は組織の恒常性(Homeostasis)を回復させるためのプロセスです。 しかし、この反応が過剰になったり、適切に収束(Resolution)しなかったりすると、慢性炎症として組織破壊や線維化を引き起こし、様々な疾患の原因となります。 本記事では、CellNature などのトップジャーナルで報告されている最新の知見に基づき、炎症の分子メカニズムと、その「終わり方」の重要性について解説します。

1. 急性炎症の開始:危険信号の感知

炎症は、生体が「危険信号」を感知することから始まります。

  • PAMPs (Pathogen-Associated Molecular Patterns): 細菌やウイルス由来の成分(LPSなど)。
  • DAMPs (Damage-Associated Molecular Patterns): 壊れた細胞から放出される自己成分(ATP, HMGB1など)。

これらの分子パターンは、マクロファージなどの免疫細胞上の受容体(TLRなど)によって認識され、NF-κBなどのシグナル伝達経路を活性化します。その結果、TNF-αやIL-6といった炎症性サイトカインが放出され、好中球などの白血球が患部に動員されます(Biomedicines 2021)。

2. 炎症の収束(Resolution):能動的なプロセス

かつて、炎症の収束は「刺激がなくなることで自然に消える受動的な現象」と考えられていました。しかし現在では、**「極めて能動的かつ厳密に制御されたプログラム」**であることが明らかになっています(Nature 2014)。

Specialized Pro-resolving Mediators (SPMs) の役割

炎症のピーク時には、オメガ3脂肪酸(EPA/DHA)などを原料として、**SPMs(Specialized Pro-resolving Mediators)**と呼ばれる脂質メディエーターが産生されます。

  • Resolvins (レゾルビン)
  • Protectins (プロテクチン)
  • Maresins (マレシン)

これらは、好中球の浸潤を止め、マクロファージによる貪食を促進し、炎症を強力に鎮静化させます。SPMの産生不全は、炎症の慢性化につながる重要な要因です。

Efferocytosis(エフェロサイトーシス):死細胞の掃除

炎症収束のもう一つの鍵は、役割を終えてアポトーシスを起こした好中球を、マクロファージが食べて処理する**Efferocytosis(胞死食)**です。 死細胞を貪食したマクロファージは、「炎症性(M1型)」から「修復性(M2型)」へと形質転換(Reprogramming)し、抗炎症サイトカイン(IL-10, TGF-β)を放出して組織修復を促します(Nature Immunology 2010)。

3. 慢性炎症への移行:終わらない戦い

急性炎症が適切に収束しない場合、炎症は慢性化します。

  • 持続的な刺激: 除去しきれない病原体や異物。
  • 収束機構の破綻: SPMの不足やEfferocytosisの障害。

慢性炎症では、マクロファージやリンパ球が組織に居座り続け、持続的に組織を破壊・再構築しようとします。この過程で過剰に産生されるTGF-βなどの増殖因子が、線維芽細胞を活性化させ、不可逆的な「線維化」を引き起こすのです。

結語

炎症は「諸刃の剣」です。 創薬研究においては、単に炎症を止める(Anti-inflammation)だけでなく、**炎症の収束を促進する(Pro-resolution)**という新しいアプローチが注目されています。 当社の提供する各種疾患モデルは、この炎症から線維化へのダイナミックな移行を捉え、新規治療薬の可能性を探索する強力なツールとなります。


参考文献

  1. Serhan CN. Pro-resolving lipid mediators are leads for resolution physiology. Nature. 2014;510(7503):92-101.
  2. Medzhitov R. Origin and physiological roles of inflammation. Nature. 2008;454(7203):428-435.
  3. Tabas I. Macrophage death and defective inflammation resolution in atherosclerosis. Nat Rev Immunol. 2010;10(1):36-46.