Semaglutide (Wegovy): MASH治療を変える代謝改善アプローチ
ESSENCE試験で驚異的な結果を示したSemaglutide。その作用機序(直接vs間接)、ELFスコアなどの非侵襲的マーカー改善効果、そして「痩せ型MASH」への適用の是非についても考察します。
MASH治療への「代謝」からのアプローチ
2025年8月15日、肥満症治療薬として既に世界を席巻していた Semaglutide (商品名 Wegovy) が、ついにMASH(非肝硬変、F2-F3)の治療薬としてFDAの承認を取得しました。 これは、MASHを「肝臓の病気」としてだけでなく、「全身性の代謝異常症(Syndromic disease)」として捉え、治療する時代の幕開けを意味します。
ESSENCE試験: 圧倒的な有効性と詳細データ
第3相ESSENCE試験(Part 1, 1197名登録)の結果は、MASH治療におけるGLP-1受容体作動薬のポテンシャルを決定づけるものでした。
主要評価項目の結果 (Semaglutide 2.4mg群)
- MASHの消失 (NASH Resolution):
- Semaglutide群: 62.9% (vs プラセボ 34.3%, p<0.001)
- 【プラセボ効果の高さについて】: プラセボ群でも約34%という高い消失率が示されました。これは近年の試験において、生活習慣指導の質の向上や、非侵襲的検査(NITs)による適切な患者選定が進んだ結果、全体的に改善傾向が高まっているためです。実薬の有意差証明のハードルが上がっている環境下で、明確な差を示した点は非常に重要です。
- 線維化の改善 (Fibrosis Improvement):
- Semaglutide群: 36.8% (vs プラセボ 22.4%, p<0.001)
- 【データの解釈】: MASH消失率(約63%)に比べると数値が低く見えるかもしれません。しかし、線維化の物理的な改善(リモデリング)は炎症の消失よりも時間を要します(タイムラグ)。長期的な投与により、さらに差が開く可能性があります。
重要な2次評価項目: 非侵襲的マーカーの改善
組織学的評価に加え、非侵襲的な線維化マーカーの改善も確認されました。
- ELFスコア (Enhanced Liver Fibrosis Score):
- Semaglutide群では、プラセボ群と比較して -0.6 units の群間差 が認められました。ELFスコアは予後予測能が高いことで知られており、将来的な肝関連イベントのリスク低減を示唆します。
- 肝機能酵素:
- 体重減少と並行して、ALT 約40%、AST 約30%、GGT 約40% の有意な低下が多くの試験で報告されており、肝臓の炎症鎮静化を裏付けています。
メカニズム論争: 「体重減少」効果か、「直接」作用か?
Semaglutideがなぜこれほど強力に肝組織を改善するのか、そのメカニズムについては熱い議論が続いています。
1. 体重減少依存的(間接)作用
現在の主流な考え方です。
- ESSENCE試験(72週時点)において、Semaglutide群で -10.5%、プラセボ群で -2.0% の体重減少が確認されました。
- 【10%ルール】: 過去の生活習慣介入研究では、10%以上の体重減少により MASH消失が約90%、線維化改善が約45% 達成されると報告されています。Semaglutideはこの「強力な減量」を薬理的に再現することで効果を発揮していると考えられます。
- 脂肪組織からの遊離脂肪酸の流入減少や、アディポネクチンの上昇などの全身環境改善が寄与しています。
2. 体重減少非依存的(直接)作用
一方で、GLP-1受容体は肝細胞には発現が乏しいものの、クッパー細胞(マクロファージ)や類洞内皮細胞には存在する可能性が示唆されています。
- 抗炎症作用や酸化ストレス軽減といった「Pleiotropic effect(多面的効果)」の寄与も考えられていますが、これらは主に動物モデルやin vitroのデータに基づいており、ヒトでどの程度寄与しているかはさらなる検証が必要です。
他剤との比較と使い分け
Tirzepatide (GLP-1/GIP) との違い
同じインクレチン関連薬であるTirzepatide (SYNERGY-NASH試験) と比較すると、興味深い差が見えてきます。
- MASH消失率: SYNERGY-NASH試験では用量依存的な改善(5mg: 51.8%, 10mg: 62.8%, 15mg: 73.3%)が示されており、高用量群では70%超という高い数値を示しています。
- 【試験規模の違い】: ただし、SYNERGY-NASHは第2相試験(190名)であり、ESSENCE(1197名の第3相試験)とは規模が大きく異なります。現時点では直接比較試験は行われていないため、単純な優劣の比較には慎重であるべきです。
副作用と「筋肉量」への配慮
- 消化器症状: 全体として約半数以上の患者で認められます。内訳としては 悪心 36%、下痢 27%、便秘 22%、嘔吐 19% 程度と報告されています。多くの場合は用量の漸増(Titration)で管理可能です。
- 【重要】筋肉量の維持 (Sarcopenia risk):
- GLP-1製剤による急激な体重減少に伴い、脂肪だけでなく筋肉量(Lean body mass)も減少することが懸念されています。
- 特に高齢のMASH患者では、筋肉減少が身体機能低下(サルコペニア)や予後悪化につながるリスクがあります。そのため、「薬を打つだけ」ではなく、十分なタンパク質摂取と運動療法を併用し、筋肉量を維持することが極めて重要です。
結論
Semaglutideは特にBMI 30以上の肥満や2型糖尿病を合併するMASH患者にとって、**「最有力の選択肢の一つ(Ideal candidate)」**となります。
一方で、「痩せ型MASH(BMI < 25)」においては、過剰な体重減少による筋肉量低下のリスクなど、解決すべき課題が残ります。この層に対しては、体重減少を伴わずに肝臓へ特異的に作用する Resmetirom の方が適している可能性があり、患者の体型や合併症に応じた「使い分け」が今後の治療の鍵となるでしょう。