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2025-12-09
MASH治療の未来予想図: 併用療法と完全寛解への道
ResmetiromとSemaglutide、2つの武器を手に入れた人類は次にどこへ向かうのか?FGF21アナログ(Pegozafermin)などの次世代薬、診断を変えるNITs(非侵襲的検査)、そして「併用療法」の具体的戦略を展望します。
「単剤」から「併用」へ:なぜ必要なのか?
米国で承認されたResmetiromとSemaglutide(Wegovy)という2つの薬剤の登場により、MASH治療は飛躍的に進歩しました。しかし、臨床試験データを見ると、まだ課題は残されています。 例えば、線維化の改善率はResmetiromで約24-26%、Semaglutideで約37%(対プラセボで有意差はあるものの)であり、過半数の患者では線維化の退縮が得られていないのが現実です。
これを打破し、MASHを「治る病気」にするための鍵が、併用療法 (Combination Therapy) です。
理想的なパートナーシップ:併用戦略の具体案
異なる作用機序を持つ薬剤を組み合わせることで、相乗効果を狙います。
1. GLP-1 (代謝バックボーン) + 抗線維化薬
現時点では主に理論的・初期試験レベルで有望視されている戦略であり、GLP-1製剤とResmetiromやFGF21アナログを組み合わせた複数の併用試験が進行中です。
- 理論的背景: GLP-1受容体作動薬(Semaglutide, Tirzepatide)で全身の体重と代謝を管理し、肝臓への「燃料(脂肪酸)供給」を絶つ。その上で、Resmetiromなどの肝特異的薬剤で、残存する肝内の炎症・線維化シグナルを直接叩くという**「守りと攻め」の融合**です。
- 期待される効果: 線維化改善率の飛躍的向上、MASH消失状態の長期的維持、そして肝がん発症抑制。
2. インクレチン併用 (GLP-1 based combinations)
- GLP-1/GIP (Tirzepatide): 既に強力なデータを出していますが、Semaglutideを上回る代謝改善効果が肝臓にどう響くか注目されています。
- GLP-1/Glucagon (Survodutideなど): グルカゴンのエネルギー消費亢進作用をプラス。肝脂肪量の30%以上減少を達成する患者が6割以上に達することが報告されており、MASH消失や線維化改善に対しても、GLP-1単剤を上回る可能性が示唆される強力な「脂肪減少ドライバー」です。
パイプラインの主役たち:FGF21アナログの台頭
THR-β、GLP-1に続く第3の柱として、FGF21(線維芽細胞増殖因子21)アナログが急速に存在感を増しています。
Pegozafermin (89bio) / Efruxifermin (Akero)
- 作用機序: FGF21は肝臓で作られる代謝調節ホルモンです。投与することで、脂質代謝の改善、インスリン感受性の向上に加え、直接的な抗線維化作用を持つと考えられています。
- ENLIVEN試験 (Pegozafermin): 第2b相試験において、F2-F3の患者群で線維化改善率 27% (vs プラセボ 7%) を達成。特に、GLP-1受容体作動薬との併用試験における安全性と追加効果に注目が集まっています。
- 特徴: GLP-1とは異なり、著しい体重減少を伴わずに肝脂肪と線維化を改善できるため、食欲抑制を望まない患者や非肥満MASH患者にとっても有力な選択肢となります。
診断の革命:バイオマーカー (NITs) の進化
治療薬の進化は、診断技術の進化を必要とします。痛みを伴う「肝生検」から、血液検査や画像診断(NITs) へのシフトが決定的になっています。
- FIB-4 Index: スクリーニングの基本。プライマリ・ケアでの「拾い上げ」に必須。
- ELFスコア / PRO-C3: 線維化の「活動性」や「動的変化」を捉えるマーカー。現在、FDAのバイオマーカーQualificationプログラムなどで検証が進んでおり、今後は試験デザイン上のエンリッチメントや治療反応性評価への活用が期待されています。
- VCTE (FibroScan): 肝硬度測定(LSM)による評価は、MASH試験における「合理的に可能性の高い代替エンドポイント」としてFDAに受理される動きがあり、生検依存からの脱却は現実味を帯びてきています。
- MRE (MRエラストグラフィ): 肝硬度を非侵襲的に評価するうえでの**“ゴールドスタンダード級”**のモダリティであり、多くの治験でエンドポイントとして採用が進んでいます。
結論:個別化医療 (Precision Medicine) へ
2030年に向けて、MASH治療は画一的なものから、個別化医療へと進化していきます。
- 肥満が主体の患者 → GLP-1/GIP製剤
- 肝病変が主体の非肥満患者 → Resmetirom
- 進行した線維化を持つ患者 → 併用療法 (GLP-1 + Resmetirom / Pegozafermin)
2つの承認薬の登場はゴールではなく、この複雑なパズルを解くための最初のピースに過ぎません。我々は今、MASH克服へのエキサイティングな時代の入り口に立っています。