IPF治療の次なる本命 Nerandomilast:PDE4B阻害は標準治療をどう塗り替えるか
Ofev/Esbrietでは進行を遅らせるのが限界。Nerandomilast (Jascayd)は「上乗せ」で更なる効果を示し、2025年に承認を獲得。PDE4B阻害という分子設計の妙と、臨床データを詳解します。
Ofev/Esbrietでは「止まらない」という現実
IPF標準治療のピルフェニドン/ニンテダニブは、病勢の「進行抑制」に過ぎません。患者は依然として呼吸機能を失い続けています。そして副作用による中断も少なくない。
この壁を突破すべく登場したのが、PDE4B選択的阻害薬**Nerandomilast (Jascayd)**です。嘔吐中枢を刺激するPDE4Dを避け、肺局所のPDE4Bのみを叩く——この精緻な分子設計が、「上乗せ」でも効果を出すというFIBRONEER-IPF試験の結果につながりました。
BI 1015550 (Nerandomilast): 精緻な分子設計
Boehringer Ingelheim社が開発中の BI 1015550 (Nerandomilast) は、ホスホジエステラーゼ4B (PDE4B) を選択的に阻害する経口薬です。
なぜPDE4"B"なのか?:副作用の壁を越える鍵
PDE4阻害薬自体は新しい概念ではありません(COPD治療薬ロフルミラストなど)。cAMP濃度を高めて抗炎症作用を発揮しますが、従来の「非選択的」PDE4阻害薬は、激しい悪心・嘔吐という中枢性副作用が用量制限因子となり、十分な効果が得られる量を投与できないというジレンマがありました。
BI 1015550はこの壁を「選択性」で突破しました。
- PDE4B: 炎症細胞や線維芽細胞に発現し、病態形成に関与するサブタイプ。
- PDE4D: 脳内の嘔吐中枢などに発現し、吐き気などの副作用に関与するサブタイプ。
BI 1015550は、PDE4Bに対する阻害活性がPDE4Dの約9倍も高いという特性を持っています。これにより、嘔吐中枢(PDE4D)を刺激することなく、肺の病変部(PDE4B)においてのみ強力な抗炎症・抗線維化作用を発揮することが可能になったのです。
臨床試験データ: 統計学的有意差とその意味
第2相試験の結果 (The NEJM)
FVCの低下抑制効果において、プラセボ群と比較して劇的な改善を示しました。
- FVC変化量 (12週時点):
- BI 1015550単剤群では、FVCの低下は見られず、病勢の安定化 (Stabilization) が示唆されました (+5.7 mL vs プラセボ -81.7 mL)。
- 併用効果の証明:
- 既存の標準治療薬(ピルフェニドンまたはニンテダニブ)を服用中の患者にBI 1015550を上乗せ(Add-on)した場合でも、更なるFVC低下抑制効果が確認されました。これは、将来的な標準治療への上乗せ療法 (Add-on therapy) の可能性を示唆する重要なデータです。
第3相試験 (FIBRONEER-IPF)
2025年に結果が報告された第3相FIBRONEER-IPF試験では、1,177例のIPF患者(約8割がピルフェニドンまたはニンテダニブを併用)を対象に、Nerandomilast 9 mg / 18 mg とプラセボが比較されました。
- 主要評価項目 (52週時点のFVC変化量):
- Nerandomilast 18 mg群: -114.7 mL (vs プラセボ -183.5 mL, 差 +68.8 mL, 相対低下 38%, p<0.001)
- Nerandomilast 9 mg群: -138.6 mL (vs プラセボ -183.5 mL, 差 +44.9 mL, 相対低下 24%, p=0.02)
- 両用量とも、背景治療の有無に関わらず有意なFVC低下抑制効果が示されました。
- 安全性: 最も頻度の高い有害事象は下痢でしたが、多くは軽度〜中等度であり、長期投与における忍容性が確認されました。
- 副次評価項目: 一方で、「急性増悪・呼吸器原因の入院・死亡」の複合エンドポイントでは有意差は認められず、今後の長期追跡やリアルワールドデータでの検証が期待されます。
その他:吸入薬による局所送達への挑戦
全身性の副作用を回避するもう一つのアプローチが「吸入薬」です。
- 吸入ピルフェニドン (Avalyn Pharmaなど):
- 全身性の副作用を回避するアプローチとして開発が進んでいます。肺組織内濃度を高めつつ血中濃度を低く抑えることで、消化器症状の低減と薬効の最大化を狙う戦略であり、経口薬とは異なる選択肢として期待されています。
結論
IPF創薬は、PDE4B阻害薬 Nerandomilast(商品名 Jascayd) の登場と承認(2025年10月7日、米国FDA)により、新たなフェーズに入りました。 「進行抑制」から「機能維持・QOL改善」へ。 米国での承認に続き、日本国内でも承認申請が行われており、近い将来、日本の患者さんにもこの新たな選択肢が届くことが期待されます。 すでに多くの患者が既存の抗線維化薬にNerandomilastを上乗せする併用療法を受けられる時代が始まりつつあります。今後、各国ガイドラインの改訂や、どのような患者層に早期導入すべきかという「治療アルゴリズム」の再構築が進むことで、患者さんにとってさらに大きな福音となることでしょう。