MASHモデル(旧NASH)の進化と適切な選択:代謝異常と線維化の再現
NASHからMASHへの呼称変更に伴う研究モデルのパラダイムシフトを解説。従来の食事誘導モデルの限界(期間、線維化の軽微さ)と、それを克服する「加速型MASHモデル」や客観的な線維化定量法について、最新の知見に基づき紹介します。
MASHモデルの進化:単純な脂肪肝を超えて
はじめに:NASHからMASHへ、パラダイムシフトの背景
2023年、米国肝臓学会(AASLD)、欧州肝臓学会(EASL)、ラテンアメリカ肝臓学会(ALEH)などの主要な国際学会が主導するコンセンサス会議において、従来の「Nonalcoholic Steatohepatitis (NASH)」という呼称を「Metabolic dysfunction-associated steatohepatitis (MASH)」へと変更することが正式に決定されました(Rinella et al., Hepatology 2023)。
この変更は単なる名称の変更にとどまらず、疾患の定義において「代謝機能障害(Metabolic dysfunction)」をより明確に位置づけるものです。これにより、研究現場においても、単に肝臓に脂肪が蓄積するだけでなく、インスリン抵抗性や脂質異常症といった全身性の代謝異常を背景とした、よりヒトの病態に近い動物モデルの重要性が高まっています。
研究現場の課題:従来の食事誘導モデルの限界
MASH研究において、多くの研究者が直面する最大の課題は「線維化(Fibrosis)の再現」です。
- 時間がかかりすぎる: 一般的な高脂肪食(HFD)や西洋食(Western Diet)単独の給餌では、ヒトのMASHに特徴的な「風船様変性(Ballooning)」や「線維化」が完成するまでに20週〜半年以上の期間を要することが少なくありません。
- 線維化が軽微: 長期間飼育しても、形成される線維化は軽度(F1〜F2程度)にとどまることが多く、抗線維化薬の薬効評価を行うには不十分な場合があります。
- 個体差と再現性: 食事誘導性モデルは個体間のばらつきが大きく、統計的有意差を得るために多くの個体数(N数)が必要となり、研究コストと時間を圧迫します。
Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology などのトップジャーナルでも議論されている通り、理想的なMASHモデルは、代謝異常(肥満、インスリン抵抗性)と組織学的特徴(脂肪化、炎症、線維化)の両方を兼ね備えている必要がありますが、これを単一のモデルで短期間に達成することは容易ではありません。
解決策:加速型MASHモデルと定量的評価
こうした課題を解決するために、近年注目されているのが「加速型MASHモデル」です。
1. 複合的アプローチによる期間短縮
食事負荷に加え、少量の化学物質(CCl4など)を併用する、あるいは特殊な組成の飼料(コリン欠乏L-アミノ酸定義食:CDAAなど)を用いることで、代謝異常を維持しつつ、8〜12週という短期間でF3〜F4レベルの高度な線維化を誘導することが可能です。これにより、創薬スクリーニングのサイクルを劇的に短縮できます。
2. 客観的な線維化定量
病理医によるスコアリングは依然としてゴールドスタンダードですが、評価者間バイアスを排除するために、シリウスレッド染色標本を用いた画像解析による「コラーゲン占有率(%)」の自動定量が推奨されます。これにより、微細な薬効の違いを数値として検出することが可能になります。
結語
MASH治療薬開発の競争が激化する中、適切なモデル選択は研究の成否を分ける重要な鍵となります。 当社の提携CROでは、最新のコンセンサスに基づいた多様なMASHモデル(食事誘導、化学物質併用、遺伝子改変)を取り揃え、高度な線維化評価系とともに提供しています。
「自社の化合物に最適なモデルがわからない」「線維化の評価系を立ち上げる時間がない」といったお悩みをお持ちの研究者様は、ぜひ一度ご相談ください。
参考文献
- Rinella ME, et al. A multi-society Delphi consensus statement on new fatty liver disease nomenclature. Hepatology. 2023;78(6):1966-1986.
- Friedman SL, et al. Mechanisms of NAFLD development and therapeutic strategies. Nat Med. 2018;24(7):908-922.