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2025-11-24

IBD動物モデル(DSS/TNBS)の適切な選択と評価法:再現性と客観性の確保

潰瘍性大腸炎(UC)やクローン病(CD)の研究に用いられるDSSおよびTNBSモデル。ロット差や手技によるバラつき、主観的評価の課題を解決するためのプレバリデーションや内視鏡(MEICS)評価について解説します。

IBDモデル:DSSとTNBSの使い分けガイド

はじめに:複雑なIBD病態へのアプローチ

炎症性腸疾患(IBD)は、潰瘍性大腸炎(UC)とクローン病(CD)という異なる病態を含む疾患群であり、その創薬研究には目的に応じた適切なモデル選択が不可欠です。 最も一般的に用いられるのが、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発大腸炎モデルと、TNBS誘発大腸炎モデルですが、それぞれの特性と限界を正しく理解していないと、思わぬデータの誤解釈を招くことになります。

研究現場の課題:再現性の欠如と評価の主観性

1. DSSモデルの「ロット差」と「微生物叢」の影響

DSSモデルは簡便で再現性が高いとされていますが、実際には使用するDSS試薬の「分子量」や「硫黄含有量」のロット差により、重症度が劇的に変化することが知られています(Gastroenterology)。 また、飼育環境やマウスの供給元(ベンダー)の違いによる「腸内細菌叢(Microbiota)」の差異も、DSS感受性に大きく影響します。 「前回と同じ条件で行ったのに、今回は炎症が起きなかった(あるいは致死率が高すぎた)」というトラブルは、これらの要因管理が不十分な場合に頻発します。

2. TNBSモデルの技術的難易度と免疫学的偏り

TNBSモデルは、Th1/Th17優位の免疫応答を惹起し、クローン病に近い経壁性炎症を呈するため、免疫学的機序の解明に有用です。 しかし、注腸投与の手技が難しく、エタノールのバリア破壊効果とTNBSのハプテン化のバランスが崩れると、単なる化学熱傷(Chemical burn)になってしまうリスクがあります。また、DSSに比べて個体間のばらつきが大きく、N数を多く設定する必要があります。

3. スコアリングの主観性

従来行われてきたDAI(Disease Activity Index)スコアや組織学的スコアは、評価者の主観に左右されやすく、施設間でのデータ比較を困難にしています。

解決策:プレバリデーションと内視鏡解析の導入

1. 「プレバリデーション済みDSS」による安定化

当社の提携CROでは、入荷したDSSロットごとに予備試験を行い、最適な濃度設定(例:2.5% vs 3.0%)を決定した「プレバリデーション済みDSS」を使用しています。 また、腸内細菌叢の影響を最小限にするため、同一ベンダー・同一バリアシステムの動物を使用し、馴化期間を厳密に管理することで、常に一定の重症度(Mild/Moderate/Severe)を再現します。

2. 小動物用内視鏡による「経時的・客観的」評価

私たちは、マウス用極細径内視鏡を用いた**MEICS(Murine Endoscopic Index of Colitis Severity)**評価を標準採用しています(Gastroenterology)。

  • 経時的観察: 同一個体の炎症推移を、屠殺することなくDay 0, 7, 14...と追跡可能です。これにより、個体差の影響を排除した「Paired analysis」が可能となり、統計的検出力が向上します。
  • 客観的画像データ: 血管透見性、粘膜肥厚、出血などを高解像度画像として記録し、盲検化された第三者がスコアリングすることで、客観性を担保します。

結語

「DSSのロットが変わってデータが取れなくなった」「組織切片だけでなく、生体での治癒過程を見たい」 IBD研究におけるこれらのニーズに対し、私たちは厳密な品質管理と最新の評価技術でお応えします。 UC/CDそれぞれの病態に即した最適な試験系をご提案いたしますので、ぜひお問い合わせください。


参考文献

  1. Chassaing B, et al. Dextran sulfate sodium (DSS)-induced colitis in mice. Curr Protoc Immunol. 2014;104:15.25.1-15.25.14.
  2. Neurath MF, et al. TNBS-colitis. Int Rev Immunol. 2000;19(1):51-62.
  3. Becker C, et al. In vivo imaging of colitis and colon cancer development in mice using high resolution chromoendoscopy. Gut. 2005;54(7):950-954.