IPF治療薬開発マップ:2025年の承認・開発中止動向
2025年のIPF領域における最新動向を解説。Boehringer Ingelheimによる10年以上ぶりの新規承認、United TherapeuticsのP3成功、Pliantの開発中止など、明暗が分かれた1年を可視化したマップと共に分析します。
はじめに
IPF(特発性肺線維症)は、診断後の生存期間中央値が3〜5年とされる予後不良の希少疾患であり1、長年新たな治療薬が望まれてきました。Pirfenidone(ASCEND試験、2014年)2とNintedanib(INPULSIS試験、2014年)3の登場以降、約10年間にわたり新規承認薬は不在でした。2025年は、この沈黙が破られた一方、有望視されていた開発品が安全性で中止となるなど、明暗が分かれた1年となりました。
本記事では、2025年におけるIPFの開発競争を、承認取得と開発中止の観点から、一次論文・規制当局発表・企業IRに基づき分析します。
[!TIP] クロスオーバー戦略(DMT)の最新動向 疾患修飾薬(DMT)としての抗線維化薬は、IPFやMASHといった疾患の壁を越えた「汎線維化(Pan-fibrosis)」アプローチへのパラダイムシフトが起きています。各疾患の動向を俯瞰するハブ記事は【2026年最新】抗線維化薬のパイプラインと疾患横断的アプローチをご覧ください。
[!TIP] 市場規模で俯瞰する 10年ぶりのIPF新薬承認(Nerandomilast)やTETON-2成功などを、MASH・CKDを含む線維化疾患創薬全体の市場規模・主要M&A・パイプラインの中で位置づけたい場合は線維化疾患創薬の市場規模 2026:IPF・MASH・CKDのグローバル動向を参照してください。
IPF治療の歴史と限界(〜2024年)
IPF領域では、2014年に2つのピボタル試験が同時にNEJMに掲載され、抗線維化薬時代の幕が開きました。
- Pirfenidone(ASCEND試験): 555例のPhase 3試験で、52週時のFVC低下を有意に抑制2
- Nintedanib(INPULSIS-1/-2試験): 計1,066例の双子試験で、FVC年間低下率を約50%抑制3
しかしこれらの抗線維化薬はいずれも疾患進行を「遅らせる」のみで、肺機能の回復や生存期間の劇的延長は示されていません。また、2022年のATS/ERS/JRS/ALAT合同診療ガイドラインでは、IPFと並んで「進行性肺線維症(PPF: Progressive Pulmonary Fibrosis)」という新概念が公式に採用され14、IPF以外の線維性ILDにも抗線維化薬の対象範囲を広げる動きが本格化しました。
この10年間、新規機序の薬剤候補(αvβ6 integrin、LPA1、PDE4B、autotaxin等)が次々と臨床試験に進みましたが、Phase 3で承認まで到達した例はゼロでした。
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IPF領域:2025年の承認取得と開発中止の明暗
承認取得
Boehringer Ingelheim - Nerandomilast(JASCAYD®)
- 経口の選択的PDE4B阻害薬。抗線維化作用と免疫調節作用を併せ持つ新規機序5
- FIBRONEER-IPF試験(NCT05321069): 1,177例を3群(Nerandomilast 9mg BID/18mg BID/プラセボ)に無作為割付。52週時のFVC変化量はプラセボ群-183.5mLに対しNerandomilast 18mg群-114.7mL(差68.8mL、p<0.001)5
- 2025年10月7日にFDA承認取得(IPF適応)。10年以上ぶりの新規IPF治療薬6
- FIBRONEER-ILD試験(NCT05321082): PPF対象の双子試験でも52週FVC低下を有意に抑制7。2025年12月22日にPPF適応追加承認8
- 主な有害事象: 下痢(18mg群41.3% vs プラセボ群16.0%)5
- Boehringer IngelheimはNintedanib(Ofev)も販売しており、IPF/PPF領域でのリーダーシップをさらに強化
- → 詳細記事: Nerandomilast(PDE4B阻害薬)の作用機序と臨床データの詳細解説
Phase 3進行中
United Therapeutics - Tyvaso(吸入treprostinil)
- TETON-2試験: 597例のPhase 3試験で主要評価項目達成(2025年9月発表)9
- 52週時の絶対FVCがプラセボに対して95.6mL有意改善。背景治療(Nintedanib/Pirfenidone/治療なし)に関わらず一貫した効果9
- 既にPH-ILD(間質性肺疾患に伴う肺高血圧症)には2021年承認済み(INCREASE試験、NEJM)10。IPFは適応拡大として2026年上半期のTETON-1試験データと併せてsNDA提出予定9
Bristol Myers Squibb - BMS-986278(Admilparant)
- 経口低分子LPA1(リゾホスファチジン酸受容体1)アンタゴニスト。LPA1経路は2008年Tager et al.の前臨床研究で肺線維化との関連が示されていた標的11
- Phase 2試験(IPFおよびPPFコホート): 60mg BIDがFVC低下を有意に抑制(IPF 26週、PPF)12。ただし無症候性の低血圧が患者の31.0%(13/42)で観察された12
- ALOFT-IPF試験(NCT06003426): 30か国400サイト以上で患者登録中、完了予想2026年10月13
- ALOFT-PPF試験(NCT06025578): PPF対象の双子試験14
- FDA Breakthrough Therapy Designation、Fast-Track Designation、Orphan Drug Designation取得15
開発中止
Pliant Therapeutics - Bexotegrast(PLN-74809)
- 経口αvβ6/αvβ1 integrinアンタゴニスト。TGF-β活性化を遮断する機序16
- INTEGRIS-IPF Phase 2a試験: 320mg投与群でFVC低下抑制と良好な忍容性を示し、機序的にも有望と期待されていた16
- 2025年3月3日にBEACON-IPF Phase 2b/3試験を一時中止: 独立データ安全性モニタリング委員会(DSMB)の勧告により、プラセボ群と比較してIPF関連有害事象の不均衡が認められたため17
- 2025年6月27日に開発完全中止を発表: フルデータ解析の結果、治療群で疾患進行・呼吸器関連入院・死亡リスクの増加が確認された18
- 同社CEO Bernard Coulie氏は「患者安全を守るための正しい決定」とコメント18
業界マップ:IPF開発状況の可視化
以下のMermaid図は、2025年におけるIPF領域の主要な承認、開発状況を視覚化したものです。
凡例:
- 🟢 緑色:承認取得・成功企業
- 🔴 赤色:開発中止企業
考察:IPF領域の明暗と今後の展望
IPF領域では、Boehringer IngelheimのNerandomilastが10年以上ぶりの新規承認を取得した一方、PliantのBexotegrastは安全性の問題で開発中止となりました。これは、線維化疾患治療薬開発における安全性リスクの高さを改めて浮き彫りにしています。特にBexotegrastは、αvβ6 integrin阻害という機序がTGF-β活性化を広範に抑制するため、肺胞上皮の修復機構にも影響を及ぼした可能性が指摘されています18。
成功したNerandomilast(経口PDE4B阻害)とTyvaso(吸入prostacyclin類似体)は、それぞれ異なるアプローチでIPF治療の新たな選択肢となることが期待されます。今後注目されるのは、(1) Nerandomilastの市場浸透と既存抗線維化薬(Pirfenidone/Nintedanib)との位置づけ、(2) BMS-986278(Admilparant)のALOFT試験読み出し(2026年〜)、(3) Tyvasoの2026年上半期TETON-1データとIPF適応取得です。
まとめ
2025年のIPF領域は、Nerandomilast(JASCAYD)の登場により長年の沈黙が破られた記念すべき年となりました。一方で、Bexotegrastの中止は創薬の難しさを示しています。今後は、Nerandomilastの市場浸透と、TyvasoやAdmilparant(BMS-986278)といった後続薬の動向、そしてPPFという新たな対象疾患への治療選択肢拡大が注目されます。
参考文献
1. Raghu G, Remy-Jardin M, Richeldi L, et al. Idiopathic Pulmonary Fibrosis (an Update) and Progressive Pulmonary Fibrosis in Adults: An Official ATS/ERS/JRS/ALAT Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med. 2022;205(9):e18-e47. PubMed: 35486072
2. King TE Jr, Bradford WZ, Castro-Bernardini S, et al. A phase 3 trial of pirfenidone in patients with idiopathic pulmonary fibrosis (ASCEND). N Engl J Med. 2014;370(22):2083-2092. PubMed: 24836312
3. Richeldi L, du Bois RM, Raghu G, et al. Efficacy and safety of nintedanib in idiopathic pulmonary fibrosis (INPULSIS-1 and INPULSIS-2). N Engl J Med. 2014;370(22):2071-2082. PubMed: 24836310
4. Rajan SK, Cottin V, Dhar R, et al. Progressive pulmonary fibrosis: an expert group consensus statement. Eur Respir J. 2023;61(3):2103187. PubMed: 36517177
5. Richeldi L, Azuma A, Cottin V, et al. Nerandomilast in Patients with Idiopathic Pulmonary Fibrosis (FIBRONEER-IPF). N Engl J Med. 2025. PubMed: 40387033
7. Maher TM, Assassi S, Azuma A, et al. Nerandomilast in Patients with Progressive Pulmonary Fibrosis (FIBRONEER-ILD). N Engl J Med. 2025. PubMed: 40388329
10. Waxman A, Restrepo-Jaramillo R, Thenappan T, et al. Inhaled Treprostinil in Pulmonary Hypertension Due to Interstitial Lung Disease (INCREASE). N Engl J Med. 2021;384(4):325-334. PubMed: 33440084
11. Tager AM, LaCamera P, Shea BS, et al. The lysophosphatidic acid receptor LPA1 links pulmonary fibrosis to lung injury by mediating fibroblast recruitment and vascular leak. Nat Med. 2008;14(1):45-54. PubMed: 18066075
12. Corte TJ, Lancaster L, Swigris JJ, et al. Efficacy and Safety of Admilparant, an LPA1 Antagonist, in Pulmonary Fibrosis: A Phase 2 Randomized Clinical Trial. Am J Respir Crit Care Med. 2025;211:230-238. PubMed: 39393084
13. ALOFT-IPF Trial — ClinicalTrials.gov NCT06003426
14. ALOFT-PPF Trial — ClinicalTrials.gov NCT06025578
15. Pulmonary Fibrosis Research — Bristol Myers Squibb (Company Page)
16. Lancaster L, Cottin V, Ramaswamy M, et al. Bexotegrast in Patients with Idiopathic Pulmonary Fibrosis: The INTEGRIS-IPF Clinical Trial. Am J Respir Crit Care Med. 2024. PubMed: 38843105